第二十六話 歪んだ冒険者たち ②

「あー、確かにそれは面倒だなァ」


 けれどもダスティは、そんなメリアとマイルズを小バカにするようにせせら笑い、


「だけどな? それは”訴え出る人間が居た場合”の話だろ? おめぇら全員、無事に街まで帰れるとでも思ってるのか?」

「くっ!」

「んなわけねぇよなぁ! おめぇら全員、ここで死ぬか、死ぬまで俺たちの慰み者だァ!」


 両手持ちの長剣を振り上げ、ダスティが襲い掛かってくる。


「このっ……死ぬのは、あんたよ!」


 お前の相手はあたしだ!


 と言わんばかりに前に出て、その男と対峙したのはメリアだ。


 彼女は上段から振り下ろされたその一撃を、パッと右横に跳んで回避。

 お返しとばかりに、右手のショートソードを横なぎに振るった。


――ガァン!


 金属同士がぶつかる、鈍い音。


 カウンター気味に放たれた攻撃だったが、相手は挙げた左腕だけで難なくそれを防御していた。

 メリアの膂力と青銅製の武器では、相手が両腕に装着した鉄製の籠手を、断つ事も砕くこともできなかったのだ。


「ッ!」


 敵となった紫髪の重装戦士ヘヴィウォーリアから一歩後ろに距離を取り、メリアは叫ぶ。


「マイルズ! あんたは、あっちのキモい魔導士ウィザードをやりなさい!」

「わ、わかった!」

「こんなやつら……絶対、負けちゃだめよ!」

「うん!」


 戦う相手を睨みつつ、メリアが自身の身体に魔力を徐々に廻らせていく。

 対するダスティも、余裕のある笑みを浮かべながら、同様に魔力を身体全体に流し込む。

 互いに身体強化フィジカル・バフの魔法をかけて、全力でぶつかる構えだ。


 ……とはいえ、これはちょっとまずいかな。


 一方のマイルズは、敵と自分たちの戦力差を冷静に見据え、考えていた。


 メリアと対峙するダスティは、明らかにメリアより大柄であり、冒険者としてのランクも高い。パワーも体力も戦いに関する技術も、恐らく向こうが上だろう。

 装備も上質かつ重装で、肩や腕、脚、胸に鉄製と思しき防具を身に着けている。かなり頑強そうな装いだ。


 自分が相対する怪しげな丸メガネの魔導士ウィザードも……手にしている銀色の杖は、先日模擬戦で使わせてもらった軽銀製だろうか?

 少なくとも、自分が手にしている木製の杖よりかは上位の装備だ。


 ……さすがに、真正面からバカ正直にぶつかって勝てる相手じゃない。


 ならどうすればいいか?


 対峙する魔導士ウィザードの動きを注視しながら、必死に考える。


 昔から物事を深く考えるのが苦手で、無茶しがちな幼馴染メリアを守るのは自分の役目。


 この場をどうすれば切り抜けられる?


 考えろ、考えろ、考えろ……。


 そしてふと気付く。


 そうだ。

 自分たちの力でどうしようもできないのなら、他人の力を借りればいいのだ!


 マイルズは即座に、腰の雑嚢に手を突っ込んだ。


 革のベルトを介して腰の後ろに吊ったそこから、目的のものを取り出す。


 それは、武器でも何でもない。

 赤く細長い円筒の先端から、太い紐が飛び出ているだけのシンプルなもの。


「ッ!? おい、テメェ!」


 けれどそれを見た瞬間、ダスティの表情が変わった。

 魔導士ウィザードの方は、相変わらずニマニマとした笑みを浮かべたまま。


 躊躇ためらうことなく、円筒から生える紐を掴み、引き抜く。


 そしてその赤く細長い円筒を、マイルズは後ろ手にぽーいっと、背後の石畳の路面へと放った。


 赤い円筒は山なりに宙を舞って地面に落ちて、コロコロと転がり……。


――ぶしゅぅぅぅううううう!


 と独特な音を立てて、真っ赤な煙を上げ始めた。


 煙は風にあおられつつも、空に向けて高く、高く昇っていく。

 この円筒は、そうしたたぐいの煙が上がるように造られているのだ。


 ……よしっ、うまくいった!


「メリア! 相手を倒そうとしなくていいから、とにかく時間を稼いで!」

「え!?」

「これに衛兵隊が気付いてくれれば、僕たちの勝ちだ!」


 そう、これは”狼煙のろし”だ。


 旅人や商人などが窮地に陥った時、周囲に向けて自身の状況を知らせるために使うもの。


 青や黄色など、いくつかの色があり、伝えたい内容に応じてそれらを使い分ける。


 そして、赤い狼煙が伝えるメッセージはこうだ。


【我、襲撃を受けつつあり。至急、来援を請う】


 これを誰かが発見して、シルフェ衛兵隊に通報が入れば、いずれ救援部隊が派遣されてくるだろう。

 そうなれば形勢逆転だ。


 ……勝つのは無理でも、負けないように耐え続けることならできるかも知れない。


 ……もしもの時に備えて、買っておいてよかった!


「くそっ、面倒なことしやがって!」


 腹立たしげにこちらを睨むダスティを一瞥したのち、マイルズはその背後に立つ賊徒どもに目をやった。


 こちらも慌てているかと思いきや、大柄な賊の頭目も、その部下たちにもそんな様子は全く見られない。


 空に立ち上る狼煙を前にしても平然としていて、不敵な笑みを崩さないでいる。


 ……全く動じてない? 衛兵隊が来る前に僕たちを倒し切る自身があるってことか?


 ……それとも、なにか別の……。


 マイルズが不審に思った、その時。


――ピィ―――――ッ! ピュィ――ッ、ピィィ――――――ッ!!


 敵の魔導銃使いガン・ウィザードの集団の背後、草原の奥から、鋭い口笛のような音が響いてきた。


 同時に、賊の頭目の口元がにまりと吊り上がる。


 ……なんだ、この音?


 ……口笛? 何かの合図か、指示を出すみたいな……。


「――……ッ!? この音、まさか!」


 以前ギルドの資料を読み漁り、学んだ内容の1つがふっと脳裏をかすめて。

 マイルズは、ぎょっとして振り返った。


「敵の調教師テイマー……ッ!?」

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