第二十五話 歪んだ冒険者たち ①

 時は僅かに、遡る。


 ……くっ、僕はなんとか無事、か。


 突然現れた襲撃者からの一斉射撃を避けるべく、地面に伏せたマイルズ。


 彼は自身の身体にダメージがないことを確認すると、周囲の状況を把握するべく顔を上げ、辺りを見廻す。


 初めに視線が向いたのは、自分と同じように地に伏せた状態から起き上がろうとするメリアの姿だった。


 ……よかった、怪我は無いみたいだ。


 その身体のどこにも大きな怪我がないことを確認し、ふっと息を吐く。


「マイルズ、大丈夫?」

「うん、僕は平気……」


 メリアもこちらの無事を知って安心したのか、ほっとしたような顔つきとなる。


 マイルズは続けて、後方の車列へと視線を移した。


 ……あの子は……ユキは?


 目線が思わず、車列二台目の幌馬車の上、見張り台へと向かう。


 同時に、はちみつ色の髪に空色の瞳、小動物みたいに小柄な少女が、緑色の障壁に包まれた状態で立っているのが目に入り、


 ……よし。さすが、しっかり魔物に自分を護らせてる。


――ヴィシュゥウンッ!

――ヴィシュゥウンッッ!


「ッ!?」


 安心したのも束の間、再びの銃声。


 マイルズもメリアも、慌ててその場に身を伏せる。


 しかし彼らには一発の攻撃も飛んでこず、その攻撃のすべては自警団の三人――……矢盾の後ろに隠れた彼らに集中していた。


 どうして自分たちが攻撃されないのか、不思議に思いながら身を起こそうとすると、


「へっ、なるほどなァ」


 近くに身を伏せていた重装戦士ヘヴィウォーリアの男――……ダスティとか言う名前のヤツが、ゆっくりと立ち上がって言った。

 そのライムグリーンの瞳は真っすぐに、賊の頭目と思しき巨漢へと向いている。


「あんたのお仲間、射撃の腕には自身がねぇんだな。ついでにあんたも、あいつらの腕を信用してねぇ」

「ほう? そう思うか」

「あぁ。だからあんたらに近い位置にいる俺たちに向けては撃たせてねぇ。流れ弾がこぇぇからな」


 なるほど、とマイルズは思った。


 目の前に立つ巨漢――……恐らくは賊の頭目と、短刀を手にしたその仲間二人。

 彼らとマイルズたちの距離は、大人の歩幅にして五~六歩ほどと言ったところ。

 左斜め後方に現れた魔導銃使いガン・ウィザードの集団から自分たちに向けて射撃を加えれば、腕が悪ければ確かに、仲間に当たってしまう可能性もあるだろう。


 このダスティとか言う男、性格の面ではまったく信用できそうにないが、冒険者の先達としては多少は頼れる面もあるかも知れない。


 と、賊の頭目がにやりと笑って、


「それで? お前はどうするつもりだ。俺たちと戦うか?」

「ハハッ」


 それに対し、ダスティは一歩、二歩と前に出て、こう答えた。


「どうするって? そりゃぁもちろん」


 瞬間、紫色の髪をツンツンと逆立てたその男はぐるりと振り返り……。


「こうするさ!!」


 両手持ちにした長剣を、マイルズの頭に向けて勢いよく振り下ろしてきた!


「へ?」


 今まさに立ち上がろうとしていたマイルズは、彼のこの動きを全く予想していなかった。


 故に、対応などできるはずもない。


 迫りくる白刃を若葉色の瞳に映して、ただ唖然と立ち竦むことしかできない。


――ギィインッ!


 思わず両眼を閉じたその時、金属と金属がぶつかり合うような、硬く重い音が響いた。


 ハッとして目を開ければ、そこにあったのはメリアの背中。

 右手に持ったショートソードと左腕に括り付けられた小さな盾を交差するようにして、振り下ろされた長剣を受け止めている。


「けっ、止められたか」


 そう吐き捨てるように言って、ダスティはぱっとメリアから距離をとった。


 その隣にはいつの間にやら、ダスティの仲間である丸メガネの魔導士ウィザードが影のように付き添っていて、銀色の杖と薄ら笑いとをこちらへ向けている。


「っ! メリア、何度もごめん!」

「気にしない!」


 態勢を整えつつ、さっきに続いて二度も護ってもらったことを幼馴染の少女に詫びる。


 彼女はそれを気にしたふうもなく、対峙する先輩冒険者二人を睨んで言った。


「そんなことよりも、あんたたち! どういうつもり? まさか、裏切るっての!?」

「ハンッ、そのまさかに決まってんだろ」


 そう答えるダスティに、悪びれる様子は全くない。


 彼は背後の賊どもにちらりと目線を送ると、


「おい、このガキどもをったら、俺も仲間に入れてくれるよな?」

「もちろんだ。ただし、女の方は極力殺すな。楽しみがなくなると、後でねる奴らがいる」

「へへっ、イイね。了解だ」


 どうやら本当に、彼らは敵に回るつもりらしい。


「最低……っ! この恥知らず!」


 顔を真っ赤にして、メリアが怒っている。

 マイルズも同じ気持ちだ。

 一瞬でも、”頼れる面もあるかも知れない”なんて思った自分がバカだった!


「ガハハハッ、恥知らずか。”冒険者”の何たるかをよく分かっていない人間のセリフだな」


 それに言葉を返してきたのは、相対する賊の頭目だ。


「”冒険者”ってのはな、状況が悪くなりゃあすぐに裏切る。俺の下には、護衛対象を見捨ててやってきた元・冒険者が山ほどいるぞ?」

「な……っ!」

「クククッ。なぁルーキーども、ギルドのシンボルマークがどうして”空を翔ける鳥”か知っているか?」


 唖然とするメリアとマイルズに追い打ちをかけるようにして、ダスティも口端を吊り上げてわらい、言葉を続ける。


「自由だからだよ。”自己責任の元の自由”、要は、自分の行動の結果に責任を負うなら、何をしたって構わねぇ! それが俺たち冒険者ってわけだ。クハハハッ」

「あんたねぇ……! 憶えてなさいよ!」


 そんな紫髪の男を睨みつけ、メリアが吠える。


「後でギルドに訴えてやるわ! 討伐クエストが発行されたら、あんたなんか一巻の終わりなんだから!」


 マイルズもそれに、こくりと頷いて同意する。


 そう、ギルドには”討伐クエスト制度”がある。

 あまりにも素行が悪かったり、犯罪を犯した冒険者を、帝国軍衛兵隊の干渉を受けずに冒険者ギルド内部で処理するための制度が。

 ひとたび討伐クエストが発行されれば、Dクラスの冒険者なんか瞬殺できるぐらいの実力を持った猛者が、わんさと押し寄せて狩りに来る。討伐クエストの報酬額が、かなりオイシイからだ。


「あー、確かにそれは面倒だなァ」


 けれどもダスティは、そんなメリアとマイルズを小バカにするようにせせら笑い、


「だけどな? それは”訴え出る人間が居た場合”の話だろ? おめぇら全員、無事に街まで帰れるとでも思ってるのか?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る