第二十三話 そのころの二人 ②

 数秒間の沈黙ののち、アルはようやく、少しずつ絞り出すように言葉を発し始めた。

 ハルニアはそれを、ときおり頷きながら静かに聞き続ける。


「あいつは、ユキは、もっと俺たちとは違う生き方が、できればいいと……俺は思う」

「うん、そうね」

「冒険者になったからと言って、俺みたいな生き方をする必要は……ない」

「えぇ」


 数日前、この街の衛兵隊長の計らいでユキが冒険者になろうとしていると知った時。


 アルも、そしてハルニアも、彼女を止めるべきか心底悩んだ。


 衛兵隊長の思惑は分かる。


 古代兵器オルト=マシーナ(周囲の人間の多くは、珍しい魔物だと認識しているが……)を意のままに操れるという強大な力を手に入れてしまったが故に、ユキはその能力ちからを完全に持て余していた。


 強すぎる力は、扱い方を間違えれば周囲に並々ならぬ害を及ぼす。


 街を破壊しながら進む巨大な存在を従え、森の一画をまるっと消し飛ばすような威力の一撃を放つ……そんな能力ちからを気まぐれに振るわれたら、この先どんな悲劇が起こるか分かったものではない。


 そうなる前に、彼女に能力ちからを活かす場を与え、その使い方に方向性を示してやる。


 それが、厳しくも慈悲深いと噂の衛兵隊長・モーゼルの判断だったのだろう。


 ……まぁ、衛兵隊を始めとした帝国軍関係機関と冒険者ギルドとが、”諸事情”から仲違なかたがいをしている現状をかんがみれば、扱いに困ったユキの対応と責任を冒険者ギルドに丸投げしたという、冒険者ギルドへの嫌がらせのような面も見えてくるのだが……。


 とにもかくにも、衛兵隊長の判断は、決して悪いものではなかった。


 だが冒険者とは、一歩間違えれば、そこらの無頼ぶらいの輩と何も変わらない存在である。


 請けた依頼や状況によっては、何人もの人間(多くの場合、それは賊徒どもだが)を殺めなくてはならないこともある。


 そんな世界で生き続ければ、自然と殺生が日常のものとなってしまう。


 彼女――……ユキには、自分たちのように、何の感慨もなく他者ひとの命を奪えるような存在にはなってほしくない……二人はそう思い、悩んだのだ。


 だがその時の彼女の言葉を聞いて、二人は考えを改めることとなった。


 彼女は言ったのだ。


 控えめで、どこか自信なさげに。けれど、確かな意志を込めて。


「私も、強くなりたい」

「アルが私にしてくれたみたいに、誰かを護ってあげられるように」

「護られるばかりじゃなくて……誰かを、護れるようになりたいの」


 二人は思った。


 この先、彼女が現代いまを生きていくためには、彼女なりの強さを身に着けることが必要だ。

 仮にひとりになっても、生きていけるだけの強さが必要なのだ。


 いつまでも自分たちが側にいて、護ってやれるとは限らないのだから。


 ならば。

 彼女が自らの意志で、誰かを護れるだけの強さを手に入れることを望むのならば。


 自分たちは、その後押しをしてやるべきなんじゃないか……と。


 今ならばまだ、自分たちが見守り、導くこともできるのだから。


 最終的にアルとハルニアは、ユキのギルド登録を勧めていくことになるのだが……しかしそれでも、願わずにはいられなかった。


 できれば、自分たちのような生き方はしてほしくないな、と。


「なんていうか、不思議な子よねー」


 吹き抜ける穏やかな風に濃藍の髪を揺らして、ハルニアが呑気な口調で言う。

 対してアルは、例のごとく愛想の欠片もない仏頂面で、


古代人オルトニアだからな」

「そういうことじゃなくて」


 ハルニアは苦笑して、続ける。


「あの子と一緒にいると、時々さ……なんかこう、”護ってあげなきゃいけない!”って気持ちにならない?」

「……。あぁ」

「やっぱり、あんたもそう思う? あたしたちってもっとこう、ドライな人間だと思ってたけど……あの子に関してだけは、なんか情が湧いちゃうのよね」

「そうだな」


 実際、アル自身も、彼女に在りし日の妹の姿を重ねて見ているわけだが……そういえば、ユキをそんなふうに思うようになったのはいつからだったろうか。彼はふと、疑問に思った。


 初めからだったか? それとも――……。


「ユキちゃん、今頃どうしてるのかしら。一応、簡単で安全なのを探してきたつもりだけど……初めてのクエスト、大変なことになってないといいわね」


 しかしその思考は、続くハルニアの言葉によって断ち切られる。


「無事に帰ってきたら、しっかり褒めてあげないと。ね? アル」

「なんだ」

「いや、だから、ユキちゃんが初仕事クエストを終えて無事に帰ってきたら、ちゃんと褒めてあげようね! って」

「ふむ……」

「あの子、けっこう頑張ってるんだから。たまには、あんたも褒めてあげたら? 絶対、喜ぶと思うわよ」

「そうか?」

「そうよ」

「そうか。……だが……むぅ……」


 急に渋面となったアルに、ハルニアは首をかしげて、


「なによ? 何か、気になる事でもあるの?」

「……。どう褒めたらいいかなど、分らんぞ」


 それを聞いてハルニアは、「ぷっ」と吹き出して笑い出した。

 アルにむすっとした表情で睨まれながらもひとしきり笑った後、


「あはっ、あははははっ! ――…あーごめんね? でもおかしい、ふふふっ」

「……。そんなにおかしいか」

「もう。ごめんごめん、そんなに怒らないでよ。でもさ」


 一度息を整えてから、ハルニアは続ける。


「あんたはいっつも、あれこれ難しく考え過ぎなのよ。こういう時の誉め言葉なんて、素直に一言だけで済むことなのに」

「むぅ?」

「”よくやった、頑張ったな”って、それだけでもいいのよ? ついでに頭でも撫でてあげれば、、ユキちゃんも喜ぶと思うわ」

「よくやった……頑張った……頭を撫でる。そうか」


 ブツブツ言いながらも、どこか納得した表情でアルは頷く。


 そんなアルの背中をぽんっと叩いて、


「ま、頑張ってみなさい」


 そう言って、ハルニアは笑った。

 それは、うららかなある日の午後のこと。


「……。そういえば、今更だけどさ」

「なんだ」

「あんたまた、遺跡ぶっ壊して帰ってきてるでしょ。セルナ=イストでの話、この前ギルドでめちゃくちゃ怒られたんだけど? あたしが」

「……。すまん」

「はぁ……。素直でよろしい」


 無事に帰ってくる少女の姿を待ちながら、二人はいつになく穏やかな時間を過ごすのだった。

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