第二十二話 そのころの二人 ①

 一方、そのころ。


 シルフェの街の西、パラベラ村へと続く街道の端っこにて。


 道の両脇に拵えられた木製の柵に腰掛け、1人の女性がのんびりとくつろいでいた。


 夏の宵空よいぞらのような濃藍の長髪に、紫石英アメジストを思わせる大きな瞳。肌はあまり日に焼けておらず、白く美しい。

 服装は質素ではあるが、やや胸元が開けたデザインであり……彼女が持つ肉感豊かなプロポーションも相まって、異性の目を惹く艶っぽい雰囲気を放っていた。


 そんな美人が1人で佇んでいるのだから、近くを通りがかる男性がいれば、当然気にかかるだろう。


 案の定、今、1人の男性が彼女へと近づいていく。


 紅い髪と紅い目、負い紐を介して背中に掛けた旧い魔導銃が特徴的な、冒険者の男だ。


 ……だが、彼と関わりのある人間ならば誰もが知っていた。


 その男は美しい女性になど、とんと興味がない。


 彼が興味を持つのは、金と、そして彼の大切な妹に関することのみ。


 そう、彼こそが、遺跡の破壊者ルインズブレイカーの異名を持つと噂の紅髪の遺跡冒険者ルインズエクスプローラー……アルトフェン・D・クロイセル。

 通称、アルであった。


 その男――……アルは、そのままズカズカとした足取りで女性の元へと近づくと、彼女のすぐ近くの柵に、どっかりと腰を下ろした。

 無言で、無遠慮に。さも、そうすることが当たり前であるかのごとく。


「ん? あぁ、アル」


 彼の存在に気付いた、濃藍の髪の美人――……ハルニアが、さして驚きもせずに口を開く。


「あんたも来たんだ? ユキちゃんのお迎え」


 アルは、「あぁ」と短く一言で答えた。

 相も変わらずの不愛想極まりない態度だが、ハルニアは特に気にしたふうもない。

 彼女は続けて、アルの右腕と左脚へと視線を送り、


「腕と足、もういいんだっけ?」

「あぁ」

「痛みは、もうないの?」

「……ないわけではない。が、戦闘に支障が出るほどでもない」

「そっか。んじゃ、そろそろ次の仕事、探しといたげよっか?」

「頼む」

「ん、頼まれました」


 ハルニアがそう、微笑んで言ったのを最後に、二人の会話はしばし途絶える。


 両者の間に沈黙が降りて……草の海を風が揺らすざわめきや、小鳥たちのさえずりだけが、その場に穏やかに響いていた。


 けれどもそれは、気まずいものでは決してなく。


 二人にとってはどこか落ち着く、そこに在って当たり前の”心地の良い沈黙”の時間であった。

 しばしそんな時間が流れた後、ハルニアが空を見上げて口を開いて、


「ねぇ、アル」

「なんだ」

「こうしてるとさー、なんか、懐かしくならない?」

「……なにがだ」

「なにがって、ほら。昔よく、こうやって一緒に馬車を待ったじゃない。仕事が終わった後に」

「……あぁ」


 アルは一瞬だけ、何かを思い出すように目前の草原を見つめた後、小さくため息をついて言った。


「……あまり、いい思い出ではないがな」

「ふふふっ、あたしたち、ロクな仕事してなかったしね」

「そうだな」


 ハルニアの笑顔につられて、アルもまた、自嘲気味な薄い笑みを口元に浮かべた。


 誰かの仇討ち、暗殺、密売品の運送……人身売買に関わることだけは避けていたが、それでも昔の自分たちは、世間にはとても顔向けできないようなことばかりをやって生きてきた。


 それが一番、金になったからだ。


 まぁそれを言えば今だって、仕事クエストに必要とあらば(相手が賊や盗掘者と言った犯罪者とは言え)平気で他者を殺める冒険者だったり、【客の求める姿で現れ、欲求を満たしてくれる高級娼婦】だったりと、お互いロクな仕事はしていないのだが。


 それでも昔に比べれば、随分とマシになったものだと、アルは思った。


 そしてその上でまた、あることを思い、口を開いた。


「あいつは……」

「ん?」

「……」


 しかしそれ以上には言葉をつづれず、黙ってしまう。


 黙考し始めた彼が言葉を続けるのを、ハルニアはじっと待った。


 自分の中にある感情をうまく言葉にできない時、彼がこうして黙ってしまうことがあることを、彼女はよく知っていたからだ。


「……。あいつは」

「うん」


 数秒間の沈黙ののち、アルはようやく、少しずつ絞り出すように言葉を発し始めた。

 ハルニアはそれを、ときおり頷きながら静かに聞き続ける。


「あいつは、ユキは、もっと俺たちとは違う生き方が、できればいいと……俺は思う」

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