第二十一話 敵襲!?

「スキャン結果報告」


 私の両隣に残った二機のうち一機から、無機質な男の人の声で結果が報じられる。

 その内容は、果たして――……


「警告:前方不明勢力二体、金属反応アリ。形状ヨリ、刃渡リ20㎝強ノ刃物ト推定」

「えっ!?」


 ……武器を持ってる? それじゃ、さっき持ってないって言ってたのはウソ!?


 そんな相手に向けて、マイルズたちは今も、無警戒に近づきつつある。

 嫌な予感が背筋をぞわっと駆け巡って、私は咄嗟に大声で叫んだ。


「二人とも、気を付けて! その人たち、武器を持ってます!!」

「ちっ!」


 瞬間、直前まで柔和な表情をしていた彼らの表情が、不意にぐにゃりと歪んだ。


 同時に、彼らのうち1人がさっとその場に屈んで……履いていた長いブーツに手を入れたかと思うと、無防備に近づいてきていたマイルズにいきなり飛び掛かった。

 その手には、白い刃を剣呑に輝かせる短刀が握られている!


 ……あぶないっ!


 思わず息をのんだ、その刹那せつな


――ゴッッ!


 と、何か硬いもの同士がぶつかるような音が、その場に響いた。


 直前に発した私の警告に反応したメリアが、左腕の小さな盾を構えた状態で前に出て、相手の不意打ちを受け止めていたのだ。


 たぶん、もう少し警告が遅れて近づいていたら間に合わなかった。


 間一髪である。


 メリアは一瞬、短刀を受け止めた姿勢のまま盾越しに相手と睨み合っていたけれど、


「このっ、何すんの……よっ!」


 すぐにぶぉん! と盾を振るって、襲い掛かってきた男を振り払った。


 対する相手は舌打ちすると、一歩、二歩と身軽な動きでのバックステップを披露し、後退。

 もう一人の仲間の隣に並んだ。


 見れば、その仲間も既に短刀を握り、身構えている。


 一方、一応は馬車の護衛たるパラベラ村自警団の三人は、突然の状況の変化に大慌てだ。


「なんだ!? どういうことだ!?」

「まさか、本当に賊なのか!? こんな街の近くで!?」

「と、とにかく矢盾を出そう! 戦闘準備、準備だ!」


 クレオさんがどうにか指示を出して、最後尾の幌馬車からバタバタと何か大きなものを取り出し始める自警団員たち。

 1人一台ずつ引っ張り出してきたそれらは……人間大の長方形の木の板に、支えが取り付けられただけの簡単な代物。

 どうやら、地面に設置して即席の防壁バリケードにするつもりらしい。


「ったく、この程度で浮足立ちやがって……」


 その様子をため息交じりに一瞥したのち、ダスティさんとジョンさんがようやく動き出した。

 背負った鞘からすらりと長い剣を引き抜くダスティさんと、銀色に輝く杖をゆっくりとした動きで構えるジョンさん。

 この二人は腐っても、私やメリア、マイルズよりもずっと経験を積んだ先輩冒険者。このような非常時には、頼れる存在になるはずだ。


 その時だった。


――ゴバァァンッッ!


 轟音と共に、倒れていた馬車の扉が突然に吹き飛んだ!


 表情を強張らせ唖然と、あるいは警戒する私たちの前で、高く宙を舞った扉はぐる~りと縦に一回転。

 道の左右に広がる草原の中へと消えていった。

 そして。


「まったく……これだから勘のいいガキは嫌いなんだ」


 荒く野太い声とともに、扉が消えた箱馬車の中から、巨大な人影がのっそりと姿を現した。


 ……お、大きい!?


 私と比べれば、縦には三倍ぐらい、横には二倍ぐらいは体格に差がありそうな大男だ。

 革にびょうを打った防具を身に着けていて、丸太みたいな手足には赤茶けた毛がもっさりと生えている。

 頭も、口と顎も同色のゴワゴワの毛で覆われていて、ぎょろりと動くガラス玉みたいな目が恐ろしく……いかにも悪漢然とした人物だった。


「おい、テメェのお陰で奇襲の計画がパァだ。どうしてくれる?」

「!」


 その巨漢に刺すような視線を向けられた瞬間、肩が勝手にびくりと震え、身体が強張った。

 この人もまた、他人ひとを苦しめ、傷つけることに何の苦も感じない。どころか、嬉々としてそれをやってくる。

 そんな予感がしたから。


「っ! そ……その子に、手は出させない!」


 両手で構えた杖を巨漢に向けて、そう言ってくれたのはマイルズだ。

 声も身体も震えているけれど、その背中は、とても頼もしく見えた。


「護衛の冒険者どもか」


 対して、武器を向けられているはずの悪漢は全く恐れる様子を見せず、その顔にむしろ太々ふてぶてしい笑みを浮かべて言った。


「俺は優しいからな、慈悲をくれてやる。投降して、仲間になれ。ちゃんと働けば、その分いい思いはさせてやるぞ?」

「冗談! 誰が、賊なんかの仲間になるもんですか!」


 そう言って、メリアが左腰に帯びた剣を抜く。

 クレオさんたちもまた、取り出してきた矢盾を悪漢に向けて並べ、口々に啖呵を切った。


「あぁ、その子の言う通りだ。僕たちをナメないでもらおうか」

「そうだ、そうだ!」

「我々は、栄えあるパラベラ村自警団だぞ!」


 そんな彼らを鼻で笑うと、悪漢は続けてダスティさんたちに目線を向けて、


「お前らはどうだ? 俺たちと同じ人間のにおいがするが」

「ハッ、バカ言うな」


 にやり、と笑って返すダスティさん。


「今の状況分かってて言ってんのか? そっちは奇襲に失敗、人数的にもこっちが有利。アンタらの側につくメリットがねぇだろうが」

「……え?」


 ……それってまさか、メリットさえあれば相手側に寝返るってこと?


「フン、だろうな」


 私が疑問に思ったその時。

 悪漢が低い声で笑うと同時に、その右手をおもむろに挙げた。


 とたんに、私たちの馬車の左手、背の高い草に覆われた草原がガサガサと一斉に揺れて……。


 ハッとしてそちらに目を向けた私は、その光景を見て思わずヒュッと息を詰まらせた。


 そこに現れたのは、十数の矢盾の群れ。

 そして、その矢盾から半身を出して魔導銃でこちらを狙う、たくさんの男たちの姿だった。


「う、うわ!?」

「うわぁぁ!?」

「盾を向こうに! 急げ!」


 大慌てで、左に矢盾を向けようとするクレオさんたち。

 咄嗟にその場に伏せようとする、メリアにマイルズ、ダスティさんたち。


「ひぃぃっ!」

「やめっ……助けてくれぇっ!」


 緊張した様相で成り行きを見守っていた御者の人たちが、一瞬で恐慌して逃げ出そうとして――……。


れ」


 挙げられた悪漢の右手が、振り下ろされた。

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