第二十話 トラブル発生?

 ……あれ、なんだろう。


 馬車が向かう先、遠くの道の上に、私は異常を発見した。


 前方に流れる小さな川にかかった、緩く弧を描くような形の石橋。

 それを越えた先だ。


 何か馬車みたいなものが道の真ん中に横倒しになっていて、その前に二つほど、人影が見える。


 ……何かあったのかな?


 もしも見張り中に何かを発見したら、備え付けられている鐘を鳴らすように言われていたのを思い出す。

 私は立ち上がると、鐘に繋がった紐を軽く背伸びをして掴み、ぐいぐいと引っ張った。


――カラン! カラン! カラン!


 大きな音が、その場に響いて。


「どうしたー? なにかあった?」


 最後尾を走る幌馬車の前から、緑色の髪の自警団長――……クレオさんが、そう呑気な口調で言いながら顔を出した。


 私は振り返り、馬車が走る音に負けないよう、声を張り上げて報告する。


「前の方で、何かが道をふさいでいるのが見えます! 馬車が倒れてしまって、困っている人がいるようです!」


「お、了解! 先頭馬車! そっちからは何か見えない?」


 私と同じように、声を張り上げるクレオさん。

 程なくして、先頭の背が低い荷馬車に乗っているダスティさんから、声が返ってきた。


「こっちからは見えねぇぞ? 本当にンなのいるのか?」


 おそらく、前方の石橋が邪魔で、背の低い荷馬車からではまだ見えないのだろう。

 後方のクレオさんにその旨を伝えると、


「なるほどね! 取りあえず、馬車の速度を緩めよう!」


 クレオさんは、自身が乗る馬車の御者のおじさんと一言二言会話をした後。

 傍らのハンマーを手に取り、自分の幌馬車にぶら下がった鐘をカンカンと叩いた。

 それをきっかけにして、先頭の荷馬車から順番に、ゆっくりと走行速度が落ちていく。


 川にかかった石橋を越えるとすぐに、先頭の馬車からも異常が見えるようになったらしい。

 先頭の荷馬車がさらに速度を落として、後列の幌馬車二台もそれに倣った。


 そこで起こっていたのは、やはり、何かの事故らしい。


 馬のいない木製の箱馬車が一台、横倒しになって道を塞いでいる。

 倒れた馬車の前には、小奇麗な身なりをした男性が二人ほど立っていて、こちらに気付いて両手を大きく振り始めた。


「おーい! おーい!」

「助けてくれー!」


 当然と言うべきか、私たちの車列は程なくして完全に停止した。


 事故現場は目の前、先頭の荷馬車から大人の歩幅で十歩分ほどの距離だ。


 私が乗っている幌馬車からメリアとマイルズが、最後尾の幌馬車からパラベラ村自警団の三人が降りてくる。


 先頭の荷馬車に乗ったダスティさんも、面倒そうな態度を隠そうともせずに馬車から降りて、その後を深緑色のローブを羽織ったジョンさんがのそりと追っていく。


 もし倒れた箱馬車を皆で何とかしようというなら、人手が必要だろう。

 私も降りようとしたけれど、


「おめぇはどうせ力仕事じゃ役に立たねぇだろ! 黙ってそこで見張ってろ!」


 イライラした様子のダスティさんに大声でそう言われて……むふぅっと頬を膨らませて、言う通りにすることにした。


 そんな中、メリアと一緒に馬車を降りたマイルズがクレオさんを振り返って、


「僕たちが、様子を見てきます。クレオさんたちは、このまま馬車の近くにいてください」

「ん? ……あぁ、分かったよ」


 念のため……と言うのは、もしもこれが罠で急に襲われたら、みたいなことを考えてのことだろうか。


 言われて、その”もしも”を意識したからだろう。

 クレオさんたち自警団の三人が、負い紐で背負った旧い魔導銃(※)の存在を確認するようにして、軽く触れるのが目に入った。


「あの……私たちも、何か手伝いましょうか?」


 と、これは最後尾の幌馬車からひょっこり顔を出したサーシャさん。


「い、いいえ! もしもの場合もありますから、念のためお二人は中にいてください」


 クレオさんが、妙に肩肘張ったぎこちない態度でそう言って、サーシャさんは幌馬車の中へと戻っていった。


 ……それにしても、やっぱりしっかりしてるなぁ、マイルズさ…くん。

 ……リーダー、あんな怖い人じゃなくて、彼にしてもらえば良かったのに。


 唇を尖らせる私の眼下で、腰に剣を帯びたメリアと、木製の杖を携えたマイルズが、前方の倒れた馬車に近づいていく。


「大丈夫ですかー!?」


 ある程度近づいたところで一度立ち止まり、尋ねたのはマイルズだ。

 答えは、すぐに返ってきた。


「あぁ、俺たちに怪我はない!」

「ただ、操作をミスって馬車が横倒しになっちまって……その時に馬にも逃げられちまった」

「二人じゃどうしようもなくって、困ってたところだ。助けてくれないか!?」


 箱馬車の前で口々に叫ぶ、身綺麗な男性二人。

 見た感じ、悪い人たちでは無さそうだ。

 それを証明するようにして、彼らは両手を上に挙げ、叫んだ。


「見ての通り、俺たちはだ。怪しい者じゃない」

「助けてくれれば、僅かだが礼も出せる!」


 確かに、剣を帯びている様子もないし、魔導銃や杖も持っていない。


 メリアとマイルズは顔を見合わせて、頷くと……一度止めた足を再び動かして、二人に近づき始めた。


 因みに、この冒険者パーティのリーダーであるはずのダスティさんは黙ったままだ。

 腕を組んで荷馬車にもたれかかって、面倒くさそうにしている。


 どうやら、新人冒険者二人に対応を丸投げするつもりらしい。


 ……まったく、ちゃんと仕事してよね!


 と思ったが、かくいう私も幌馬車上の見張り台から見ているだけ。


 ……何か、私にもできることはないかな?


「ねぇマルコ、なにか、私にもできることないかな?」

 

 何となく尋ねてみると、傍らに浮かぶシルフィード・エッジからすぐに答えが返ってきた。


「推奨:前方、不明勢力ニ対スル”スキャン”ノ実施」

「?、それをすると、どうなるの?」

「武装ノ有無ナド、敵戦力ノ分析ガ可能」

「うーん、なるほど……?」


 要は、本当に武器を持っていないかチェックできるってこと?

 武器は持ってない、って言ってるんだし……大丈夫だとは思うけど。

 どうせ、今の私には他にやれることもない。

 念のため、やってみてもらおうかな。


「うん。それじゃマルコ、よろしく!」

了解ラジャー、前方、不明勢力二対スル”スキャン”ヲ実行」


 言うが早いか、私の側に控えて浮かんでいたシルフィード・エッジの四機中二機が、ひゅーんと空中を滑るように飛んでいく。


 日光を反射し、ツヤツヤと輝きながら飛翔する、白い矢じりが二つ。


 その様子を、馬車の前の男性二人はぽかーんとした表情で、両手を上に挙げたまま見つめていた。


 彼ら二人の上空に到達したシルフィード・エッジから、薄緑色の光がカーテンみたいな形で一瞬照射されて、


「スキャン結果報告」


 私の両隣に残った二機のうち一機から、無機質な男の人の声で結果が報じられる。


 その内容は、果たして――……





※負い紐で背負った旧い魔導銃(以下、物語の本筋に全く関係ない無駄に細かい設定)


 彼らパラベラ村自警団が扱う”旧い魔導銃”とは、アルが使っているものと同じマルニ工房製MSRー12型。


 以前も語られていた通り、かつて魔導銃市場においてマルニ工房は一強状態であり、その時期には帝国軍もマルニ工房製の銃を正式採用していた。

 しかしやがて、セレソル工房、D&D工房など新興の工房が台頭し、よりユーザーフレンドリーな設計の魔導銃が開発されるようになると、殿様経営っぷりが目立っていたマルニ工房は各所から見限られるようになった。

 帝国軍も、より軍用に向いたセレソル工房製の魔導銃を採用するようになり、各部隊の装備は数年を置かずに一新されることとなる。


 結果、魔導銃の中古市場には、一時期マルニ工房製の銃が溢れかえった。


 帝国軍もパラベラ村自警団のような民兵組織にマルニ工房製の魔導銃を格安で売り払いまくったため、金銭的に余裕のない民兵組織や賊徒などが積極的に使用するようになり、”民兵or賊徒=マルニ工房製魔導銃”と言うマイナス気味のイメージが出来上がってしまった。


 しかし一方で、アルが使用するMSR-12型を始め、マルニ工房製の銃は本来、「しっかりしたセルフメンテナンスを日常的に行い、さらには年に一回は専門のガンスミスによるオーバーホールが推奨される」ほどのデリケートな代物。


 無論、そうしたメンテナンスを怠らず良好な状態を維持していれば最高の相棒となる名銃ぞろいのマルニ工房なのだが……。


 魔導銃にそこまで詳しいわけでもない民兵や、そもそもが粗野な性格の者が多い賊徒たちが全員、まめまめしく自分で銃のメンテナンスをしたり、専門のガンスミスを探してオーバーホールに出したりしたかと言えば……当然、否。


 そんなだから、彼らが使うマルニ工房製の魔導銃(整備不良)は、戦闘中に動作不良を引き起こすことも多かった。


 それ故、あまり魔導銃に詳しくない人々の多くは「マルニ工房製の銃=すぐ動作不良を起こすクソ銃」と勘違いしており、マルニ工房へのマイナスイメージを加速させる一因となっている。


 アルはとある理由から、そのようなクセのある旧式魔導銃を使い続けているわけだが……紅い髪と紅い目という特徴的な見た目も相まって、”高給取りの遺跡冒険者ルインズエクスプローラーでありながら、わざわざ旧くて扱いづらい魔導銃を使い続ける変わり者”として、一部の冒険者たちから注目を集めているようである。

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