第十九話 教えて? マイルズ先生!! ~ルールズ降臨祭編~ ②
「え? どんなのって……。ユキさんは、ルールズ降臨祭を知らないの?」
私が頷くと、マイルズは目を丸くして、
「驚いた……降臨祭を知らない人がいるなんて。ユキさんってもしかして、このあたりには最近来た人?」
「あー……うん、そう。ちょっと事情があって、引っ越してきたの」
「そうなんだ。それじゃあ、仕方がないね」
私の適当な言い訳に納得してくれたマイルズは、こほん、と咳ばらいを一つして話をつづけた。
「よし! では、ご説明しましょう」
「はーい! よろしくお願いします!」
「そもそもユキさんは、ルールズ様が何か知ってる?」
もちろん、知らない。
私はふるふると、首を横に振った。
「それじゃ、教会……オルトニシア教会は?」
こっちは知っている。
確か、ハルニアが言っていた……マルコみたいな
「えっと……
「んー、まぁだいたい正解かな。この国の国教だね」
そこでマイルズが、ふっと空を見上げた。
私もつられて空を見るけれど、そこには呑気に雲が浮かんでいるだけで、何もない。
「その教会の人たちが言う、一番偉い神様が、マシーナ=オブ=ルールズ……ルールズ様なんだ。ルールズ様はとても大きな、”空飛ぶ遺跡”なんだよ?」
「空飛ぶ……遺跡?」
突然、デタラメな話が出てきた。
遺跡が空を、飛ぶ?
「遺跡が飛ぶの? 空を?」
「そう。見たことない?」
「うん」
こくこくと、首を縦に振る私。
ハルニアとアルの元で目覚めてこの方、大きな遺跡が空を飛んでいるなんて衝撃的すぎる光景、見たことはないはずだ。そんなの見たら、ぜったい忘れられない。
「そっかぁ。まぁ、ルールズ様の回遊ルートから外れた位置に住んでたら、実際に見る機会って中々ないもんね」
そう言って笑って、マイルズは続ける。
「ルールズ様は、世界中の空の決まった位置を、大体一年ぐらいかけてゆっくりと周っているんだ。この辺りにも、あと一週間か二週間もすれば通りかかるはずだよ」
「あ。もしかして、それをお祝いするのが?」
「そう、ルールズ降臨祭ってこと」
……なるほど、空飛ぶ遺跡!
……それは確かに、お祭り騒ぎしたくなるかも!
「シルフェは、ルールズ様の回遊ルートのちょうど真下に位置する街だからね。この時期には国中から人が集まって、美味しいものを食べたり飲んだりしながら大騒ぎする。それから皆でルールズ様をお迎えして、また一年元気に過ごせますようにって祈りをささげて、またお見送りするんだ」
「へぇ~!」
一年に一回姿を見せに来る、空飛ぶ遺跡。
一体どんな見た目なんだろう?
どんなふうに、空を飛んでいるんだろう?
それに、みんなで集まって美味しいものを食べたり飲んだりして騒ぐのも、とっても楽しそう。
何だか私も、ワクワクしてきた気がする!
「どう? 分かりやすかった?」
「はい、とっても!」
「そっか、よかった」
マイルズはほっとしたように笑った後、今度は少し真剣な表情となって言った。
「それで……その、教えてあげた代わりに、と言ってはあれなんだけど。少し、お願いしたいことがあって」
「?、なんです?」
きょとりんと首をかしげる私を前に、マイルズは緊張した様子で、
「……互いの呼び方、なんだけどさ。さん付けで呼ぶの、止めない?」
「え?」
「僕はキミのこと、ユキって呼ぶからさ。だから、その……ユキも、僕のことマイルズって読んでほしいな、って」
「えぇ!?」
それは中々にハードルが高い!
自分が呼び捨てで呼ばれるのは、まぁ……まぁ、別にいい。
でも異性を、それも出会ったばかりの相手をいきなり呼び捨てで呼ぶのは、なんか抵抗感がある。
心の中だけならともかく、口に実際に出すとなると……。
……アルに対してだって未だにさん付けで呼んでるのに、無理だよ。
「えっと、その……ほら! 僕たちって、歳もほとんど同じみたいだし? さん付けで呼び合う方が、逆に不自然かなーって」
思いっきり目を泳がせて戸惑う私を見て、わたわたと手を振って慌てるマイルズ。
彼はそれから、へんにょりと眉尻を下げて、
「……ダメ、かな?」
そう、自信なさげに訊いてきた。
うぅ……。
そんな、ちょっと泣きそうな表情で言われると……さすがに断りづらい。
「う、ううん。ダメじゃ……ないです」
「ほんと!?」
私がこくりと頷いたのを見て、その表情をぱぁっと明るくするマイルズ。
男性相手に失礼かもしれないけれど……女の子みたいな見た目も相まって、ちょっと可愛い。
「それじゃ、改めて。これからよろしくね、ユキ」
「う、うん。よろしくお願いします、えっと……マ、マ、マイ、マイ……」
何かを期待するようなキラキラした目でこちらを見る、水色の髪の彼。
……う、うぅう。頑張れ私、ちょっと頑張って、男の子を呼び捨てで呼ぶだけだ!
無意味にドキドキする胸を片手で押さえ、大きく息を吸い、吐く。
いけるぞ、私。恥ずかしさに耐えて、一言絞り出すだけなんだから。
こうして私は、意を決して……
「マ、マイルズ……くん」
そう、ぼそぼそ言うのがやっとだった。
それでも、恥ずかしさで頬が熱い気がする。
真っ赤になっているであろう自分の顔を隠したくて、抱えた膝に顔を
……ごめんなさい、私には
「か、かわいい……」
そんな中、マイルズが何かをぼそりと言って、
「え?」
よく聞き取れなかった私は控えめに膝から顔を上げて、彼の方を見た。
「あ、いや、えっと! ”さん”をつけて呼ばれるよりは、”くん”の方がまだいいかなって! あ、あはは……」
「?」
何かをごまかすように笑う彼を見て、私はこてりと首をかしげる。
そして……
「マァ~イィ~ルゥ~ズゥ?」
「おわぁぁっ!?」
「ひゃっ……っ!?」
目の前にぽかりと空いている、幌馬車の内部に通じる四角い穴。
そこから、栗毛色の髪と目の女の子が、顔の上半分だけを覗かせてこちらを恨めしげに睨みつけていることに気が付いて。
私とマイルズは同時に、身体をびくっとさせて驚いた。
「メ、メメメメ、メリア!? いつからそこに!?」
先程までの比じゃないぐらいに大慌てのマイルズに、メリアが冷たい声を浴びせる。
「……”互いの呼び方、さん付けで呼ぶの止めない?”あたりから」
「結構前からいるし!?」
「なによ? 居ちゃ悪かったっての?」
「そ、そういうわけじゃないけどさ……!」
「あんたが様子を見に行くって上がってったっきり戻ってこないから、心配で見に来たんだけど……」
と、そこで。
メリアの透き通ったコーヒーみたいな色の瞳が、じとりとこちらを向いて、
「……この泥棒猫」
「えぇ……?」
……なんかボソッと、悪口言われた!?
「ほら、もう用は済んだんでしょ? さっさと戻る!」
「わ、分かった! 分かったからちょっと、ローブを引っ張らないでよ!」
メリアはパッと身軽な動きで見張り台へと上がってくると、マイルズを捕まえてそのままずるずると幌馬車内部へと引きずり下ろしていった。
降りる直前、穴から顔だけ出た状態のマイルズが、
「それじゃ、また後でね! ユキ!」
「あ、うん。また後で! その、マイルズ…くん」
私がどうにかそう返した瞬間、ドスッ! と重い音が響いて、
「痛い! もぉ~さっきから何なんだよぉ」
若葉色の目にうっすらと涙を浮かべて、マイルズは幌馬車内へと戻っていった。
残された私は、ぽかーんとするばかりである。
……も、元々メリアとは仲が良いわけじゃなかったけど。
……なんだか、今回のお
理由を考えてみるが、さっぱり思いつかない。
軽くため息をついて、目線を上げたその時。
「……あれ?」
馬車が向かう先、遠くの道の上に、私は異常を発見したのだった。
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