第十八話 教えて? マイルズ先生!! ~ルールズ降臨祭編~ ①
「あー……平和だなぁ」
パラベラ村から、シルフェの街に向かって出発してからしばし後。
私は揺れる馬車の上で、のんびりと空を眺めていた。
私が今いる場所は、三台並んで進む馬車のうち、二台目の馬車。
先頭を行く荷馬車と、後方を行く幌馬車の間に挟まれた一台だ。
私が乗る幌馬車の上には、木でできた見張り台みたいなのが設置されてて、馬車の荷台内部の梯子から昇ることができる。
私の姿はその見張り台の上にあって、まさに見張りの真っ最中というわけだ。
とはいえ、周りはどこまでも続く草原ばかりで、雰囲気は平和そのもの。
行く先には軽い
見上げる空は青く、高く。
白い綿雲が能天気に浮かんで、流れていくのが見える。
頭上には一羽の鳥が羽を広げて旋回していて、「ピ~ヨロロロロロ……」と間の抜けるような鳴き声を降らせていた。
時折、気持ちのいい穏やかな風が吹いて、頬を撫で、私のはちみつ色に見える髪を躍らせていく。
見張り役の私が呆けてちゃいけないのは分かるんだけど、こうも平和だと警戒する気も緩んできそうだ。
……って、ダメダメ! まじめにやらないと!
私はふるふると頭を振って気合いを入れなおすと、バックパックを開けて今日持参したアイテムを再確認することにした。
……アルが心配して、色々持たせてくれたんだよね。
紅毛の彼が、いつもの不器用・不愛想っぷりを発揮しながらも、あれこれと世話を焼いて色んなものを持たせてくれたのを思い出して。
バックパックの中身を確認するうち、私の頬はついつい緩んでいた。
……えーっと、これは、魔物避けの小袋に、こっちは発煙瓶。んで、こっちが……。
どれもこれも、魔力なしで使えるアイテムばかり。
本当に、私のことを考えて選んでくれたのが分かる。
……ふふっ。なんか、うれしいな。
何だか最近のアルは、前よりも私に対する態度がちょっとだけ柔らかくなった気がする。
もしかしたら、何か心境の変化があったのかも知れない。
私の方は相変わらずで、まっすぐ目を見て話そうとしたりすると、ついつい恥ずかしくなって目を反らしてしまったりするんだけれど……。
不思議なことに、”
と、そこへ。
「ユキさん?」
「わひゃぁっ!?」
突然、目の前にある幌馬車内部に通じる四角い穴から、水色のサラサラした長髪の少年が顔を出した。
私は軽く飛び上がって驚くと、覗いていたバックパックを思わず抱きしめて彼の顔に目を向ける。
……み、見られた? バックパック覗きながらめっちゃニヤニヤしてたの、見られた!?
やばい。恥ずかしい。頬が熱い。
「あ、その。もしかして、なんかタイミングまずかった?」
バックパックを両腕でぎゅうっと抱きしめながら、水色の髪の少年――……マイルズの顔を睨んでいると、彼は慌てた様子でそう言って、「ごめん」と謝ってきた。
私は首をぶんぶんと横に振って、答える。
「へ、へいき! 大丈夫! ……です!」
「ほんと?」
「うん、ほんと! そ、それで、えとえと……あ! それより、なにか用があったんじゃないです?」
ここはできるだけ早く、多少無理やりにでも話題を反らす!
「あ、そ、そうだね」
少しぎこちない感じのやり取りの後、マイルズは「よいしょっと……」と声を漏らしながら見張り台の上へと上がってきた。
それから、私の隣に、人一人分ほどの空間を開けて膝を抱えて座ると、
「えーっと、用事っていうか、何だけど……」
「? うん」
「少し、話したいなって思って」
「え? 話って、私と?」
こてりと首を傾げ、目を見開いて彼の顔を見る。
「あ、いや! なにか変な目的と言うか、意図があるわけじゃないんだけど……!」
とたんに、しどろもどろになり始めるマイルズ。
……別に私も、変な目的とか、意図を疑ってるわけじゃないんだけど。
一体どうしたと言うのだろうか。
私がきょとんとしていると、水色の髪の彼は一瞬深く息を吸って、吐いて。
「ただ、えっと、その……せっかく、一緒の
それから一瞬私とまっすぐに目を合わせた後、結局は恥ずかしそうに俯いて目を反らして、
「……キミとは、もう少し仲良くなれたらいいな、って」
「へ? あ、はい。いいですよ?」
「いいの!?」
バッと顔を上げ、頬を紅潮させて。水色の髪の彼が体半分ほど、身を乗り出してくる。
中性的で女の子にも見える面立ちが急に近づいてきて、私は思わず「ひゃっ!?」と声を上げて身を仰け反らせた。
……いや、アルにもハルニアにも、他の冒険者と仲良くしちゃダメ、なんて言われてないし。別にいいと思うんだけど、なんでそんな反応を!?
「あっ!? ご、ごめん!」
それを見たマイルズは、両手をブンブン振って謝りながら身体を引いて、
「いや、
「え? あー……そう言われてみたら、確かに警戒するべき……なのかも?」
私が頬に手を当てて考え、ちょっぴり胡乱げな目を向けると、マイルズはさらに慌てた様子となる。
「ちょっ、違……! あ、いや、違くはないんだけど、僕は……!」
「ぷっ……あははっ!」
依頼主のクレオさん相手に、あれだけしっかり受け答え出来てたマイルズが、すっかりタジタジになっているのが面白くて。
私は思わず、笑ってしまった。
急に吹き出して笑い始めた私を見て、相手はぽかーんとしている。
私はふぅっと息を吐いて笑いを抑えると、
「ごめんなさい。冗談でした」
「じょ、冗談!? ひどいなぁ、もう……」
「ふふふっ、すみません」
くすくすと笑う私を見て、マイルズもまた、「まぁ、いいけど」と笑う。
私は続けて、
「マイルズ…さんは、私が初めにダスティさんに絡まれて困ってる時、助けてくれましたし。男の人ですけど、信用できそうですから」
「そ、そっか。そう言ってもらえると、助かるよ」
何となく、和やかな雰囲気となる私たち。
けれど、そこから先の会話が続かなかった。
不意に降りてきた沈黙。
「ガタゴトガタゴト……」と言う馬車が揺れる音と、「ピィ~ヨロロロロロ……」と鳥が鳴く声とが、やたら大きく聞こえた。
「え、えっと? なにか、話したいことがあったんじゃ?」
……たしかさっき、少し話したいと思って、って言ってたはずだけど。
……何か話したいことがあったわけじゃなかったの?
沈黙に耐えかねて私が尋ねると、マイルズはハッとした様子で、
「あ!? あ、そ、そっか! 話題!」
と叫んだ後。
何やら急に、頭を抱えて小声で「し、しまったぁ~、ボクはバカか? バカなのか?」などと言って悶え始めた。
……何だかよくわからないけど、もしかして、話題がなくて困ってる?
だとしたら、何か考えてあげるべきなのだろうか。
私は、顎に指をあてて「ん~……」と思案したのち、
「そしたら、少し聞いてみたいことがあるんですけど……いいですか?」
「も、もちろん! 何でも聞いてよ!」
渡りに船、とばかりに表情を輝かせるマイルズ。
そんな彼の様子が面白くて、思わずくすりと笑ったのち、私は尋ねた。
「ルールズ降臨祭って、どんなのなんです?」
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