第十七話 潜伏する脅威 ②

 彼らは全員が口をつぐみ、再び獲物の監視に戻った。

 

 ……と、思いきや。


「おぉっ!? もう一人、イイ感じのがいるぞ!?」

「どこだ? どこだ?」

「ほら、あの見張り台の上に昇ろうとしてる……」

「おい、俺にも見せろよ」


 何やら再び、声を潜めながらも興奮の声を上げる者が出始めた。

 何人かが、双眼鏡をとっかえひっかえしながら覗いている。


「おおぅ、確かに悪くねぇな」

「だろ? ちょっと貧相だが……あれぐらいの娘の方が、痛めつけた時にい声で鳴くんだ」

「ハハッ、お前、相変わらず良い趣味してんな」


 頭目もまた、仲間たちが注目している相手を確認すべく、双眼鏡を覗き込んだ。


 目に飛び込んできたのは、ハーフアップに纏めたはちみつ色のストレートヘアと、空色の瞳を持つ少女の姿。

 丈夫そうな革の袖なしジャケット等、装備からして、新人の冒険者と言ったところか。


 監視役に選ばれたからか、馬車の上に設けられた木製の見張り台に昇っている。


 なるほど、仲間たちが騒ぐ通り、中々の容姿だ。

 顔立ちはやや幼げだが、それ故に可愛らしく、どこか嗜虐心しぎゃくしんを煽る見た目をしている。

 体つきは華奢で、胸も尻も薄いが、金持ちにはむしろこういう娘を好む連中が多い。


 これだけでも十分に金になる獲物だが、それ以上に頭目の興味を惹いたのは……


「……こいつ、調教師テイマーか? 面白い」


 その娘を護るかのように、四体の魔物が宙に浮いていたことだった。


 随分と珍しい、見たことも聞いたこともない姿形の魔物だ。

 やじりか槍の穂先のような形状で、白く艶のある甲殻を有している。


 ぱっと見では、少女がその魔物らを使役しているようであり、彼女が調教師テイマーとしての希少な才能を持っていることが察せられた。


「お、ホントだ。今回は相手調教師テイマーがいるんスね」


 それに気付いた仲間が、呑気にそんなことを言っていた。


 ……だが、一方の頭目はそれどころではなく、彼女から感じる「大金の予感」に打ち震えていた。

 彼には、長い強盗生活の中で培われた”獲物の価値を見定める嗅覚”が備わっていたが、その感覚が全力で告げていたのだ。


”こいつは、凄まじい大金に化けそうだ”


 と。


 彼女が、珍しい魔物を連れた調教師テイマーだからだろうか?


 その理由は分からないが、とにかく、その娘からはむせ返るような大金の匂いがした。


「……。おめぇら、あの調教師テイマーの娘にも手を出すな」

「えぇ!? あいつもダメなんですかい!?」

「そんなぁ、なんでスか」


 不満たらたらの仲間たちを見て、頭目は苛立ち、舌を打つ。


 どうしてこいつらは、ここまでモノの価値が分からないのか。

 下半身でばかりモノを考えやがって、どうしようもない奴らだ。


「……何でもだ。手を出したら、全員殺す」

「「……」」


 再び黙り込む仲間たち。

 念のため、頭目は更に釘をさす。


「戦闘中であっても、あの調教師テイマーの娘と、さっきの姉妹には傷をつけるな」

「しかしお頭、さっきの姉妹はともかく、調教師テイマーの娘の方はたぶん反撃してきますぜ?」

「だろうがな……牽制までは許す。せいぜい怖がらせて、動きを封じろ」

「へぇーい」


 仲間たちから、気だるげな返事が返ってくる。

 このままだと、単細胞なこいつらは士気が落ちかねない。


 頭目はため息を吐くと、適当な生贄を探すことにした。


「……おめぇら、あそこの軽装戦士の女は見えるか」

「え? どれっスか?」

「今、二台目の馬車に乗り込もうとしているヤツだ」


 頭目が選んだのは、スラッと手足の長いスレンダーな体躯を持った、軽装戦士の少女だった。


「お、おぉぉ!?」

「こいつも中々!」


 その姿を見つけた仲間の何人かが、再び盛り上がり始めた。


 栗毛色のショートヘアを持つこの少女。

 身に着けた革製の防具とショートソードから、少し厳ついイメージは受けるが……顔は悪くないし、結局のところ、色々剝いでしまえば普通の女と変わるまい。


 なにより、ああいう前衛職の女は丈夫で、こいつらバカどもが少々手荒に扱っても長持ちする。当面は、仲間たちを満足させてくれるだろう。


「上手く捕まえられたなら、あいつなら好きにしていい」


 容姿は決して悪くないが、軽装戦士の少女からはあまり金の匂いを感じない。

 好きにしていい、との言葉を聞いて、仲間たちの顔に分かりやすく喜色が浮かぶ。

 これで、こいつらのやる気も十分だろう。

 と、その時。


「おっと。お頭、ようやく動き出しましたぜ」


 荷馬車を監視していた仲間からの報告の通り、いよいよ荷馬車の列が動き出した。

 一行は一路、シルフェの街へと向かおうとしている。


「……よし、おめぇら。仕事の時間だ」

「「「うす!」」」


 先回りして罠を張り、奇襲し、馬車を奪い、逃走する。


 ここは共和国との国境が近い。


 ひたすら東に逃げて共和国側に入ってしまえば、帝国の奴らに追われることもないし、捕らえた女どもを安全に売ることもできる。


 そこで得た大金を元手に装備をそろえ、仲間を募れば、更に規模の大きな”仕事”もできるだろう。


 脳内に描いた絵図を実行に移すべく、賊の一団は密かに行動を開始するのであった。


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