第十六話 潜伏する脅威 ①

 荷の積み込みが終わり、パラベラ村の東からいよいよ出発しようとする三台の荷馬車。


 その様子を、荷馬車の列よりかなり離れた位置から伺う、不審な一団の姿があった。


 村を囲む草原の中、全員が姿勢を低くし、背の高い草の影に隠れて息をひそめている。


 よく見れば、全員が何かしらの武器や防具を装備しているようだが……正規の軍隊のような統一感はなく、雑多。


 髪や髭は伸び放題、装備も軒並み薄汚れており、清潔感のない者たちだ。

 彼らのうちの数人は双眼鏡を所持しており、膝立ちの姿勢でじっと荷馬車の方向を監視しているようである。


「へっ……呑気なもんだぜ」


 そのうちの1人、双眼鏡を覗く男が、口角をにんまりと釣り上げながら言った。


「踊ったりだの歌ったりだの、遊び呆けやがって。すっかり気が緩んでやがる。護衛の連中も、素人とガキばかりと来た」


 彼は続けて、隣へと顔を向けると、


「こりゃあ、今回もまたずいぶんと楽な仕事になりそうですな、お頭」

「ふん、当然だろう」


 双眼鏡を覗く男の、すぐ隣。

 そこには、得意げに鼻を鳴らす、髪もひげもモジャモジャの巨漢の姿があった。


 彼もまた、低い姿勢で双眼鏡を除いたまま、濃い毛に覆われた口元を厭らしく釣り上げて言う。


「そういう獲物を選んでるんだからな。旨味のある獲物を、安全で、そして楽に狙う。これが俺の流儀だ」

「さすがお頭。ククク、今回も、良い思いをさせてもらいますぜ」

「あぁ。しっかり仕事をした奴には、相応の対価を払ってやる」


 まさに見た目と言動の通り、彼らは賊の一団であり、この”お頭”と呼ばれた男はその頭目である。


 彼らは以前からこのパラベラ村~シルフェ間の荷馬車の襲撃を企てており、パラベラ村近郊に潜んで虎視眈々とその機会を伺っていたのだ。


 このルートの荷馬車の護衛は少なく、練度も士気も低い。

 その割には毎回大量の物資を運んでおり、実においしい獲物であった。


 だが問題は、パラベラ村とシルフェの間を繋ぐ街道がシルフェ衛兵隊の巡回ルートの一つであることだった。

 襲撃するタイミングを誤れば、すぐに衛兵隊が駆けつけてきて、逆にこちらが窮地に陥る可能性が高いのだ。


 賊たちはそれなりの頭数が揃っていたが、その実情は冒険者や傭兵が身を持ち崩した者ばかりの、烏合の衆。


 曲がりなりにも正規軍の一端である衛兵隊と真正面からぶつかって勝てるような練度も装備もない。

 戦うことになれば、一瞬で蹴散らされるのは目に見えていた。


 ならばどうするか?


 簡単である。戦わなくて済む状況を選べばよいのだ。


 賊の頭目は、以前からシルフェ近辺の警備状況について、あれこれと探りを入れていた。


 そして知ったのである。


 今の時期、シルフェの街は「ルールズ降臨祭」のために大賑わいとなる。

 街への人の流入が激しくなれば当然、犯罪も増えるし、場合によってはすぐ近くに国境を接する共和国からのスパイが紛れ込む可能性もある。

 そのため、シルフェ衛兵隊はこの時期、街の警備に多くの人員を割くようになるのだ。

 つまりは今現在、奴ら衛兵隊の注意は街の内部に向いており、外側に対する警備は手薄になっている。

 

 そう。

 タイミングさえ誤らなければ、これは”楽な仕事”なのだ。


 村の連中も、馬車の護衛についている連中も、すっかり油断しきっている。

 シルフェの街までの道中で襲われることなどない、と、そう考えているのだろう。


 数日前、仲間の一部が街に侵入しようとして見つかり、あっさり撃退されて来たのもよかったのかも知れない。

 ”賊なんて大したことない”と、甘く見られているのは良い傾向である。


 あとは、奇襲するだけだ。


 警備の手薄な荷馬車に、多人数で一気に襲い掛かって制圧、あとはすぐに引き上げれば……衛兵隊が気付いて駆けつけるころには、全てが終わっている。

 馬車の護衛についている雑魚どもにも、忌々しい衛兵隊の連中にも、為す術はない。


 さらに加えて言えば、今回は運が良かった。


「ヒュゥ~~、お頭。すげぇ美人がいますぜ」


 双眼鏡を覗く賊の1人が、下手くそな口笛を吹いてにやける。


 その”美人”の姿は、頭目の目にも見えていた。


 ウェーブがかった月白色の、艶のある髪。

 遠目では分かりづらいが、瞳は夜空に浮かぶ月を思わせる金色か。

 顔立ちはそこらの商売女とは比べ物にならないほどに整っており、胸や尻の肉づきも悪くはなさそうだ。


 さらに彼女に仲睦まじくくっついている、同じような容姿の小さな少女。

 二人はおそらく、姉妹なのだろう。

 彼女らの容姿と、先程ちらりと見えた一芸から、頭目は確信していた。

 ”こいつらは高く売れる”と。

 あんな最上級の獲物が自分から罠に飛び込んでくるとは、これは実にツイている。


 彼女らが馬車の最後尾列、先頭から数えて三台目の幌馬車に乗り込むのを確認して、頭目が獰猛な笑みを浮かべていると、


「お頭、あの美人、後でマワしてもいいっスよね?」


 仲間の1人が「デュフ、デュフ」と気色の悪い笑い方をしながら、そんなアホなことを訊いてきた。


 頭目はそのアホに、ギラギラ光るガラス玉のような目をギロリと向けて、


「……バカたれ。あれは売り物だ、キズモノにしていいわけがないだろう」

「えぇ? でも、ちょっと楽しむぐらい」

「ダメだ。おめぇら加減を知らねぇバカどもの”ちょっと”が、信用できると思うか?」


 周囲を見廻せば、他の仲間の何人かも、こいつと同じようなことを考えていそうな下劣な顔をしていた。

 頭目は舌打ちをすると、低く、唸るような声を発し、そのバカどもを睨みつける。


「いいか? キズモノかそうでないかで、値段が数倍は変わってくるんだ。大体、おめぇらは女の扱いが荒すぎて、すぐに壊しちまう。あんな上物、触れるのもナシだ」

「お頭ぁ、あんないい女を前にして触れるのもナシたぁ、んなご無体な……」

「……おい、もしアレに手を出したりしたら、おめぇら全員のブツを叩き切って、ウルフどものエサにするからな。憶えとけ」

「「……」」


 この頭目は、賊にしては割と理性的に物事を判断する方だが、それがどんな残虐な事だろうとやると言ったことはやる男だ。


 いくら目先の快楽ばかりを求めるバカどもとは言え、愚息を切断された上、猟狼ハウンドウルフたちのエサにされては溜まらない。


 彼らは全員が口をつぐみ、再び獲物の監視に戻った。

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