第十五話 まもりたいもの

「「わぁぁぁああ!」」


 歌い手のサーシャさんと、踊り手のミーシャさん。


 唐突に始まった二人の舞台が終わった瞬間、集まった人々からわっと割れんばかりの歓声と、拍手とが送られ始めた。


 群衆のうちの1人が、帽子をぽいっと放り投げて。

 姉妹の前に逆さまに落ちたその帽子の中に、人々が自ずから硬貨を投げ入れていく。

 次々と投げ入れられていく硬貨の中には、銅貨のみならず銀貨もあって、皆がいかに興奮しているかがよく分かる有様であった(※)。


 私もわたわたしながらもバックパックを開けて、そこから財布代わりの麻袋を取り出すと銀貨を一枚掴んで投げた。


 銀貨は陽の光を反射しながらも放物線を描いて飛び、帽子の中にギリギリ入って、チャリンと小気味の良い音を立てる。


 ……何だか、すごいものを観ちゃった気がする。


 興奮で胸がいっぱいになった私は、ワケも分からず泣きそうになっていた。

 さっきまでの不安で悲しくて辛かった気持ちなんて、すっかり吹き飛んでいた。


 周囲から私に向けられていた嫌な視線も、いつの間にか消えている。


 あんなふうに歌ったり踊ったりして皆を夢中にさせられるなんて、本当に魔法みたいだ。

 いや実際、魔法なのかもしれないけど……とにかく、とにかくすごかった!


 そんな中、姉妹二人は互いに視線を合わせて微笑み合うと、手をつないだまま再度、深々と頭を下げた。


 皆からの声援や拍手、口笛が飛び交う。

 続いて踊り子の少女――……ミーシャさんが、くるりとこちらを振り向いた後、私の隣に唖然として立つダスティさんに手にした打楽器二つを差し出して。


 にやり、と挑発するような笑みを浮かべて言った。


「はい、次はそっちの番」

「……は?」

「”魔力がないやつが、あるやつに勝てることなんか一つもない”……だったよね? さっき言ってた」


 打楽器をカチカチ鳴らしながら、ミーシャさんは続ける。


「私よりも、そっちの方が断然魔力はあるんだもん。だったら、私よりもよっぽど上手に踊れるんだよね」

「……は? なに言って」

「そうだ、その子の言う通りだ!」


 反論しようとしたダスティさんだったけど、それを遮るようにしてヤジが飛び始める。


「あんな大口叩いたんだ、その子よりも上手に踊って見せろ!」

「そうだ、そうだ!」

「ってかよく考えてみたら、俺もそんなに魔力、ある方じゃないんだよな……」

「俺もだ……人のこと言えた義理じゃねぇし、魔力の有る無しであーだこーだ言うのはよくねぇか」


 周囲の雰囲気が、先程までとは明らかに変わっている。


 魔力がない私を揶揄からかったり、蔑んだりする空気が一転、中には自分がしていたことを反省する人も出てきているようだ。


 変えたのは、間違いなく旅芸人姉妹の一芸だ。

 たった一回の演舞でここまで空気を変えてしまうなんて……改めて、すごいと思う。


 一方、露骨に舌打ちをして、表情を歪めるダスティさん。

 そこへ、先程までずーっと黙っていた怪しげな魔導士然とした男性――……ジョンさんがすり寄って、ほくそ笑みながら何かをボソボソ呟いた。


 ダスティさん、それを聞いて増々苦い顔になると……もう一度盛大に舌打ちをして、私をじろりと睨んで言った。


「くっそ、腹立つ。どいつもこいつも、急にこいつの味方しやがって」

「……」


 体格の良い男の人にこんなふうに凄まれて、怖くならない女の子はいないと思う……。

 何も言えずに身を強張らせた私に背を向けて、厄介な男性冒険者二人は逃げるようにその場から去っていった。



「あー、すっきりしたぁ!」

「ふふふっ、ホントね」

「急だったけど、やってよかったでしょ? お姉ちゃん」

「そうね。でも、今回みたいな無茶はこれっきりよ?」

「はぁーい」


 その場から人がはけ始めた頃、気持ちよさそうに伸びをするミーシャさんと、そんな妹を見守って苦笑する姉の、サーシャさん。


 私は二人に向け、深々と頭を下げた。


「あ、あのっ! ありがとうございます、助けてくれて……」

「え? あぁ、いいのいいの。調教師テイマーのお姉ちゃんは、気にしないで」

「えぇ。むしろ、先に助けてもらったのはこっちの方なんだし」

「で、でも……」


 二人は気にするなと言うけれど、それは無理な話だ。

 あのまま放っておかれていたら、あの後私はどうなっていたか、正直、何をされていたかも分からない。


 それに……。


「さっきの怖い人たちに、目をつけられたりしたら……」


 そう、さっきの二人はヤバいと思う。

 気に入らない人間相手には、何をしてくるか分からない怖さがある。


 少しでもこちらにつけ入るスキがあれば、全力で足元を掬って陥れようとしてきそうで……もしそんなのに目をつけられたら、この姉妹の方が心配だ。


 しかも、一部とはいえ今回はそんな人たちが護衛なわけだし。

 シルフェの街まで、ヘタしたらシルフェの街に入った後も一緒に行動するかも知れない。


 私を助けたせいで、この素敵な旅芸人の姉妹が酷い目に遭うかも知れないと思うと……申し訳なさと怖さで、胸が圧し潰されそうだった。


「ふふふっ、大丈夫よ」


 けれど、サーシャさんはくすりと笑って私を見て、何でもないようにこう言った。


「だって、今日の私たちには、優秀な護衛がついているんだもの」

「え?」

「そうそう!」


 きょとんとする私に向け、ミーシャさんもまた、天真爛漫な笑みを浮かべてこちらを見上げ、


「何かあったら、護ってね! 信じてるから!」


 何かあっても、あなたが護ってくれるから大丈夫。信じている。


 今日出会ったばかりの、しかも冒険者としてはド新人で実績も何もない私に対して、どうしてそんなことが言えるんだろう。


 ……たぶん、私を元気づけるための冗談なんだろうな。


 そう思ったけれども、同時に、私はとても嬉しかった。


 大丈夫、信じている。


 そう言ってもらえたことが、何だかとても誇らしくて、嬉しかったのだ。


 だから私は、表情に満面の笑みを浮かべて頷いて、


「はい! 任せてください」


 そう、胸を張って答えたのだった。


 ……今回通るルートが安全で、襲われる心配なんてほとんどないからこそ、こんなふうに言ってくれるのかも知れないけど。


 ……この二人のことは、何があったって絶対に護り切って見せる!





※余談だが、帝国の銅貨は一枚10G、銀貨は100G、金貨は1000Gの価値を持つ。

 新米冒険者が普通に魔物駆除の依頼を受けて手に入る報酬が、一日せいぜい40G 程度であることを考えると、庶民にとっての銀貨一枚はそれなりの価値を持つことが分かる。

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