第十四話 英雄再臨の唄

 ぽろん、ぽろん、ぽろろろん……。


 どこか寂しげに、郷愁を誘うようなげんが奏でて。


「サァ、これより皆々様をいざないますは、かつての世界。泡沫うたかたの夢、されど確かに在りし、理想郷ユートピア


 歌姫は謳う。

 高い空に、清水しみずのように透き通った声を響かせて。


「天まで届くか、高き塔。数多あまたそびえしそれらを築くは、かつて世界を統べし者たち」

「空を舞うは鋼鉄の鳥、地を駆くるは馬無き荷車。鉄の身体の兵らを従え、彼らはえる。其は理想郷ユートピア。飢えも、渇きも、争いさえも民は知らず」


 唄に合わせて、ひらり、はらりと少女が舞う。

 かつての世界の穏やかさを、豊かさを表すように、ゆっくりと、けれどメリハリのある動きで舞い踊る。


「されど、されど、安寧あんねいの時は永久とわには続かず。試練の時、やがて来たれり」


 だが、ゆったりとした音楽と唄、踊りは、長くは続かなかった。


 少女が手にした打楽器を、カァン!、と鋭く打ち鳴らし。


 それを合図に、弦が奏でる音と、歌姫が紡ぐ唄とが唐突に変化した。

 激しく、そして哀しげな調子へと。


「キラリ、キラリ、彷徨さまよう星々、大地に降りて。顕現けんげんせしは、滅びの悪魔」

「魔は増え、増えて、進み征く。海にひしめき、大地を覆い、人を喰らいて進み征く」

「燃ゆる街並み、赤き空。争い知らぬ民たちに、抗う術はあるはずもなし」

「老いも、若きも、親も子も。幾百、幾千、幾万と、無数の命、喰われ、潰され、燃やされて」


 少女が舞う。舞い続ける。


 桃色に透き通った羽衣を、大きく揺らし、動かしながら。


 時に跳び、時に屈み、左へ、右へと回転する。


 その動きは、表情は、険しくもどこか悲愴感を感じさせるもので。


 為す術もなく敵に殺され、喰われ、潰され、燃やされていくいにしえの民たちの絶望が、悲しみが……観衆の胸中に突き刺さる。


 実際にその場にいるわけでもないのに、人々の泣く声が、絶叫が、断末魔が聞こえてくるようであった。


 だが、次の瞬間。


――カァンッ!


「しかれど、その折! 魔の者どもの前に立ち、民らを護らんとする勇者あり!!」


 少女が打ち鳴らす音が空気を震わせ、同時に、再び曲調が変化する。


 勇壮に、希望に満ちた雰囲気へと。


 舞い踊る少女の足運び、身体の動きもまた、どこか勇ましいものに切り替わった。


「起ち上がりしは、七人の英傑! 万夫不当ばんぷふとう一騎当千いっきとうせん強者つわものたち!」

「ユナティア、ルージア、シナジア、インデア」

「カナディア、エウロパ……そしてヤパーナ!」

あらがい、戦う! 戦を忘れし、いとしき民らを護るため!!」

「ただ勝利のみが、征くべき道なり!」


 続けて、曲調が変わる。


 アップテンポで、緊張感のあるものへと。


 いよいよ、世界を滅ぼさんとする魔の者どもと、英傑たちとの戦いが始まろうとしているのだと……その場の観衆の誰もが理解し、息をのんだ。


「魔の者迫り、迫りくる。雲霞うんかのごとく、すべてを覆って。大地を揺らし、猛り狂いて」

「されど、我らが英傑、恐れを知らず」

鋼鉄くろがねの鎧を纏いし機械の騎士らを従えて、魔の軍勢に突撃せり!」


 ここぞとばかりに、少女の動きが一層激しくなる。


 ぱっと高く飛び上がり、空中でくるくる横回転、軽やかに着地。


 続けてまるで素早い演武のような動きで、両手に握った打楽器を双剣を振るうようにして打ち鳴らす。


――カァン! カカァン! カァン! カァン!


 空気を裂くような甲高い音が、皆の耳朶じだをリズミカルに叩いた。


が手にするは、いかずちの石弓。石弓光りて、雷速らいそくの矢を撃ち出さん。穿ち、穿ちて、魔の者次々屠られり」

が唱えるは、爆裂の魔導。ピカリと目をく輝きの後、魔の者、数多あまた、消滅せり」

「しかれど、魔の者、あまりに多く。討てども、討てども、押し寄せる」

「群がり囲まれ、呑み込まれ」

鋼鉄くろがねの騎士、次々倒れ、英傑らもまた、傷つき、苦しむ」

「人魔のいくさは熾烈を極め」

「大地は血を吸い、空は燃え、海は黒くけがされて」

七日なぬか七夜ななよの戦火ののち、人はついに勝利せり!」


――カァン!


 その音の後に訪れたのは、一瞬の静寂。


 不意に生まれた、しぃぃん……とした数秒の時間ののち、ぽろぽろと悲しげに弦は鳴る。


「そう、人は勝利せり」

「けれども、英傑らもまた傷つき、地に伏して」

「起き上がること二度とあたわず、七人の英傑、やがて悠久ゆうきゅうの眠りにつきにけり」


 それと同時に、である。


 今まで躍動感たっぷりに踊っていた少女が、急にふらふらっと力なくよろけると、ぱったりと倒れ伏した。


 そしてそのまま、ピクリとも動かなくなってしまったのだ。


 歌姫と踊り子の少女を囲む群衆の中に、小さくざわめきが上がる。


 これはどうしたことか、と。


 群衆のうちの何人かは、少女の姉である歌姫の表情を伺うが……彼女もまた、静かに目を閉じたまま動かない。


 ……あれほどの舞いを、小さな少女が1人で踊っていたのだ。力尽きて、倒れてしまったのではないか。


 いよいよ皆が心配になりはじめた、その時。


「されど皆、ご心配召されるな!」


 歌姫はその金色こんじきの瞳をカッと見開き、堂々と語りはじめた。


「やがて時が過ぎ、再び、世界に魔がつる時」

「彼らはよみがえる!!」


 歌姫の指が素早く動いて、器用に弦をはじき奏でる。


 先程までの静寂が嘘のように、その場に激しく、しかし希望に満ちた音楽が響く。


 そして、まるでその音楽と唄声とに呼び起されるようにして……。


 踊り子の少女が再び身を起こし、舞い始めた。

 まるで、復活を予言されている英雄たちのように。


「人に仇なす魔を討ち払い、我ら人の子、護るため」

「彼らは再び、この地に立つ」

鋼鉄くろがねの騎士、オルト=マシーナを従えて」

「彼らは再び、よみがえる!」


 澄んだ歌声と、軽快なリズムに合わせて少女は舞う。


 羽のように軽く、花が咲くような笑顔を浮かべて。


 適度に日に焼けた健康的な肌に、玉の汗が浮かんで飛び、きらりと陽の光を反射する。


 飛んで散る汗の一滴ですらも、彼女は美しく魅せていた。


「サァ、英霊たちを讃えよう」

「再び魔が満つこの時代、今こそ彼らが必要だ」

「サァ、英霊たちを迎えよう」

「次は我らも共に起つ。剣に盾、槍の準備は万端だ」

「サァ征こう、英霊たちと共に征こう」

「共に世界を、護りに征こう」


 音楽と踊りのテンションは最高潮に達し、そしてやがて、終わりを迎えた。

 最後にポロリン、と弦を鳴らして。

 月白色の髪の姉妹は、皆の前に二人並んで立つと、


「以上、”英雄再臨の唄”でした。ご清聴、ありがとうございました!」


 仲睦まじく手をつなぎ、揃ってぺこりと頭を下げた。

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