第十三話 悪意にさらされて…… ②

 ……誰か、助けて。


 わずか一瞬、握りこんだ手の中で、ペンダントがちかりと光を放った気がした。


 そして。


「こらー!!」


 そして、その直後であった。

 その場に、元気な女の子の声が響いた。


「なにしてるの!? 調教師テイマーのお姉ちゃんを、イジメないで!」


 見れば、月白色のおさげ髪を揺らす幼げな少女が一人、群衆を掻き分けてその場へと乱入してくるところであった。

 更に彼女の後ろには、同じく月白色の髪と金色の瞳を持った美しい女性が続く。


「その人は、私たち姉妹の命の恩人です。このような仕打ち、見逃せません」


 ミーシャさんと、その姉、サーシャさんだ。


「さ、サーシャさん!? これはその、少し事情が……」


 サーシャさんにじろりと睨まれて、突然うろたえ始めるクレオさん。

 気持ちは分かる。普段温厚そうな美人の怒った顔は、とっても怖いから。


「皆さんの中にも、見た方がいるはずです。この調教師テイマーの女の子の、先程の活躍を。それをはやし立てて、大騒ぎした人も多いはずです」


 サーシャさんは続けて、周囲の人々に対しても険しい目を向ける。


「なのになんですか? 魔力がないと分かった途端に、手のひらを返すように態度を変えて、面白がって、蔑んで……それも、こんな幼気いたいけな女の子に対して! それで人として、大人として恥ずかしくないのですか!?」

「む……ううむ」

「それは……」


 周囲を囲む人々のうちの何人かが、気まずそうに唸って目を泳がせた。


「オイオイオイ、素人は黙ってちゃくれねぇか」


 そこに口をはさんだのは、私を陥れた張本人。

 紫色のツンツン髪と、トゲトゲしたピアスが特徴的な男―……ダスティさんだ。


「俺らみてぇに戦う人間にとって、魔力の有る無しは死活問題なンだよ。分かるか? この世の中、持ってる魔力が多い奴の方がつえーんだ。魔力が全くねぇ、しかもこんなちっさいナリのガキじゃあ、護衛を任せるにも不安だって話をしてんだよ」

「そんなことない!」


 そんな相手に怯むことなく、ミーシャさんが言い返す。


「魔法なんか使えなくたって、調教師テイマーのお姉ちゃんは強いもん!」

「はぁ? んならおめぇ、コイツが敵と戦ってるところ見たことがあるってのか? え?」

「それは! ないけど……!」

「ハッ、話にならねぇなぁ」


 言いよどんだミーシャさんを勝ち誇ったように見下ろして、ドヤ顔で胸を張るダスティさん。

 自分の腰ほどまでの身長しかない女の子に対して、何とも大人げない絵面である。


「魔力がねぇヤツがあるヤツに勝てることなんざ、万に一つもねぇからな。ハハハッ」

「……っ」


 ゲラゲラ笑うその男の顔を、ミーシャさんは睨むように見上げる。

 そして続けて、姉であるサーシャさんの方に目を向け、


「お姉ちゃん………いいよね?」

「ミーシャ……」


 しばしの間見つめ合う、月白色の髪の姉妹。

 サーシャさんは真剣な表情で何かを悩んでいたが、やがて何も言わぬままこくりと頷いた。

 ミーシャさんもまた、それを見て頷きを返す。


 次の瞬間、


「それじゃさっそく……よっと!」

「な!? オイ!」


 ミーシャさんがふわりと舞うような動きで跳んで、ダスティさんの手から魔光石を一瞬で奪い取った。


 熟練のスリ師と見まがうほどの、慣れた手つきと身の軽さ。


 その様子に驚いている私たちの目の前で、ミーシャさんはその魔光石を両手で高く掲げて言った。


「みんな、見て!」


 同時に、集まってきていた人々の中からざわめきが上がる。


 彼女が掲げた魔光石は、ほとんど光を放っていなかった。


 風前の小さなロウソクみたいな灯りがギリギリ、水晶玉のような魔光石の中心にぽっと灯っている程度だ。


「妹は、コアに障害があるんです。私たちが両親をうしなった、昔の事故が原因で」


 サーシャさんがそう言いながら、背中側に掛けた小ぶりな弦楽器を手に取り、身体の前で構える。


「はい! これ、もう要らないから返すね」


 続けてミーシャさんが、再びふわっと跳んでダスティさんの手に魔光石を返したのち、


「みんな、見たよね。私も魔力は全然ない」


 周囲を見廻し、声を張り上げて言った。


「でも……そんな私でも、できることはある!」


 そして、彼女はその場で、くるり、と回った。


 彼女の格好は、いわゆる踊り子の衣装。

 胸と腰回りと白い布で隠し、身体の随所に桃色に透き通ったレース布を羽のように纏う。

 回転に合わせて、月白色のおさげ髪とピンク色のレース布が美しく舞った。


 けれど、たったのそれだけ。


 それだけなのに……私も、周りに集まった人たちも、ダスティさんですらも、その場の誰もが皆、彼女から目を放せなくなった。


 洗練された所作、などと、一言で表すには足りないほど。

 指先の動き一つに至るまで、美しくせるために計算しつくされたような動き。

 美麗? 魅力的? 蠱惑的?

 私の語彙力ボキャブラリーでは何と表現すればいいか、解らない。

 ただ確かなのは、彼女はその場で一回転舞っただけ。


 それだけで……目にした者の全てを、魅了したのだ。


――カァンッ!


 不意にその場に、甲高い音が鳴った。


 回転を終えた彼女がピタリと動きを止めて、静かに目を閉じ、片膝をついた姿勢で両腕を伸ばしている。


 その両手にはいつの間にやら、長方形の木片を二つ組み合わせたような打楽器が握られていた(四角いカスタネットみたいだな、と、私は思った)。


 さっきの音は、それを使って鳴らしたようだ。


 けれどそのまま、彼女はぴくりとも動かなくなってしまった。

 まるで、彫像にでもなってしまったかのよう。

 彼女の”たったの一回転”に惹きつけられた人々が、彼女はどうしたのだ? 次の舞いを見せてはくれないのか? と、ソワソワし始めたその時。


「さて、お集まりいただいた皆様方。急な催しではありますが、これより一曲、奏でさせて頂きます」


 高く、透き通るような声が響いた。

 小ぶりな弦楽器を手にした、サーシャさんだ。


「これよりお耳に入れますは、失われた時代の英霊たちをたたえしうた


 大勢の人の注目を前にしても、全く恥じ入ることのない堂々とした語り口。


 その細い指が弦にふれて、ぽろろろん……と、切なげな音がこぼれた。


「どうか、皆さま最後までご清聴ください」

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