第十二話 悪意にさらされて…… ①

「な、なんで……? なんで、こんなこと」


 心一杯に広がる、困惑と混乱。


 相手がなんでこんなことをしてきたのか、まるで解らない。


 だって、こんなことをしたって誰も得しないし、幸せにならない。

 ただ単に、私が困って、苦しむだけ。

 目の前のこの人、ダスティさんにだって、何のメリットもないはずだ。


「なんでこんなことするかって? ハハハッ、バカかおめぇ、解らねぇのか」


 けれど目の前の相手は、そのライムグリーンの瞳をとても、とても楽しそうに歪めて言った。


「俺が、おめぇを嫌いだからだよ。”他人ひとの不幸は蜜の味”何ていうがな、嫌いな相手の不幸の味は……クヒヒ、格別だぜぇ?」

「い、意味が解りません……っ!」

「ヘッ、ナリも小せぇ、剣も振れそうにねぇ、経験も、ついでに魔力もねぇ。ナイナイ尽くしの雑魚のクセに、一丁前にランクだけはありやがる。そんなウゼェやつを蹴落とすのは、最高に気分がいいって言ってんだよ」

「そんな、ひどい……」


 あまりのことに、私は言葉を失った。


 この世界で目を覚ましてこの方、こんな悪意の向けられ方をしたのは初めてだった。


 私が困って、苦しんでいる姿を見て喜ぶ人間がいるなんて……。


「はーいはい、ちょっと通してねー」


 不意に呑気な声が聞こえて、周囲に築かれ始めた人だかりを掻き分けクレオさんが顔を出した。


 彼は騒動の原因が私たちであることを確認すると、ダスティさんに目をやって呆れたような口調で、


「何かと思えば、また君か……。今度はどんな理由でその子に絡んでいるのかな?」

「これはこれは依頼者様、いいところにいらっしゃった」


 対するダスティさんは、ニマニマした笑みを浮かべたまま、どこか慇懃無礼な態度で応じる。


「こいつがとんでもない秘密を隠していやがったんで、丁度知らせに行こうと思っていたところでな」

「とんでもない秘密?」

「そうだ」


 こちらを楽しげに見下ろし、ダスティさんは続ける。


「依頼者のアンタは知ってたか? こいつが、魔力ゼロのクソ雑魚冒険者だってことをよ」


 とうとう、依頼者であるクレオさんにまで知られてしまった。

 もうやめて、言わないで、と願っても、それで相手が止まるはずもなく……。


「魔力ゼロ? 魔力が全く出せないってことかい? そんなヘタな嘘、簡単に信じるとでも?」

「まぁ普通は信じねぇわなぁ。っというわけで証拠だ。おいチビ、魔光石を俺に返しな」


 私は俯いたまま、何も言わず……いや、何も言えず、ふるふると首を横に振って拒否した。


 だって、今ここで魔光石をこの人に返そうとするなら、体の後ろに隠した状態から出さなくてはならない。

 それで手にした魔光石が全く光らないところを再び周囲に見られたら、今もあちこちから感じる嫌な視線が、もっと増えるに違いないのだ。


「オイオイオイオイ、返さないつもりかよ」


 そんな私を、目の前の男はどんどん追い詰めていく。


「いいのか? それならこっちは、おめぇを窃盗罪で訴えてもいいんだぜ?」

「!」

「そうなりゃおめぇは犯罪者。家族にも迷惑がかかるかも知れねぇなァ」


 家族。

 そう聞いて思い浮かぶのは、シルフェの街で待ってくれているハルニアと、そしてアルのこと。

 ただでさえ、二人にはお世話になっているのに……これ以上、迷惑なんてかけたくない。


 二人のことを考えると抗えず……。


 唇をきゅっと引き結んで、私は手にした魔光石を目の前の男へと差し出した。


 私が良く解読を担当している古代の娯楽小説の中だと、こういう時に都合よく能力が目覚めたりするものなんだけど……現実は非情だった。


 再び私の視界に戻ってきた魔光石には、相変わらず何の変化も見られない。


 周りに集まってきた人たちの中から、ざわり、と声が上がった気がした。


 私は俯き、周囲の人々の顔を視界に入れないようにしながら、唇を噛んでその時間に耐える。


 対して、目の前の男は、魔光石をすぐには受け取らなかった。

 それはまるで、苦しい時間に耐える私の反応を楽しむように。

 一秒、二秒、三秒、四秒……と待ってから、ようやく冷たく丸い感触が手から離れていく。

 見れば魔光石は、男の手の中でモヤモヤと淡い紫色の光を放っていた。

 これがどうやら、私が手にしていた魔光石が本物であることの証となったらしい。


 周囲が更に、ざわめき始める。


「本当だ」

「本当に、全く魔力がないぞ」

「魔力ゼロの冒険者か」

「いくら調教師テイマーの才能があっても……なぁ?」


 四方から無数に突き刺さる、好奇、哀れみ、嘲り……それら様々な感情を載せた視線。


 小さく肩を震わせながら下を向き、私はそれにひたすらに耐えることしかできない。


「さてと、依頼人さんよ。魔力ゼロで魔法が全く使えない冒険者なんざ、護衛の戦力としちゃアテにならねぇだろ」


 そこへトドメとばかりに、意地の悪い声が降ってきた。


「イザという時に使えねぇんじゃ、意味がねぇ。こんな役立たず、仕事クエストから外しちまった方がいいんじゃねぇか?」


 ぎょっとして顔を上げる私。


 このままでは、初めての仕事クエストが始まる前にクビになってしまう。

 クレオさんの表情を伺おうとしたとたん、ばっちりと目があった。


 けれどすぐに、目を反らされてしまう。


 彼の顔には、一抹の申し訳なさと、苦悩とが浮かんでいて……。


 私をこの仕事クエストから外すことを、本気で悩んでいることが感じ取れた。

 そしてその間にも、周囲からの嫌な視線はずっと注がれ続けて……。


 ……もう、嫌。


 私の心はいよいよ、折れようとしていた。

 俯き、ぎゅっと歯を食いしばっても、もう耐えられそうになかった。


 ……なんで私が、こんな目に遭わなきゃいけないの?

 ……もう、仕事クエストなんかどうでもいい。

 ……早く帰りたい。ハルニアやアル、優しい人たちのところに、帰りたいよ。


 無意識のうちに、両手が自分の胸元へと伸びる。


 指先が冷たい感触―……八面体のペンダントへと触れて、私はそれを、ぎゅっと握りこんだ。


 ……誰か、助けて。


 わずか一瞬、握りこんだ手の中で、ペンダントがちかりと光を放った気がした。

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