第十話 私にも、まもれたよ!

 ……何とか、間に合ってよかった……。


 成長途中の胸をほうっと撫でおろすと同時に、シルフィード・エッジはモード:イージスを解除、翠玉色の障壁がすぅっと消失する。


 そして次の瞬間には、シルフィード・エッジたちは四機とも、”用は済んだ”とばかりに私の元へと飛んで戻ってきた。


 あまりにも見慣れない、不思議な光景だったからだろうか。

 周りの人たちは皆、ぽかんとしてその様を眺めていたけれど……


「ミーシャ! ミーシャぁっ!」


 やがて何かに弾かれるようにして、サーシャさんが駆け出す。

 …こちらに振り向きもせずに行ってしまったサーシャさんの後姿見て、クレオさんが一瞬、少しだけ残念そうな顔をしていた。


「ミーシャ、大丈夫? 怪我してない?」


 尻もちをついた姿勢のままのミーシャさん。

 その前に膝をつき、サーシャさん、相手の顔や身体をぺたぺたと触る。


「う、うん! 大丈夫。何ともないよ」

「よかった、よかったぁ……っ!!」


 ミーシャさんが無事であることを確認すると、サーシャさんは感極まった様子で彼女の妹へと抱き着いた。

 対するミーシャさんは、後ろに向けて少しバランスを崩しながらも、目を白黒とさせている。


「わぷっ!? お、お姉ちゃん! 止めてよこんなところで、恥ずかしいって!」

「このバカ! いつもいつも危ないことばっかりして。お姉ちゃん、本気で心配したんだからね!?」

「分かった、分かったから離れてよぅ!」


 ミーシャさん……どうにかお姉さんを押しのけようとしているみたいだけど、体格が違いすぎて無理みたいだ。


 やれやれと立ち上がり、その様子を微笑ましく見ていたメリアの元にも、マイルズが駆け寄って声をかける。


「メリア、大丈夫!?」

「ん? あぁ、大丈夫。平気よ」

「よかった……」


 はぁ、と肩を下ろしてため息を吐くマイルズ。


「まったくメリアは、目を放すとすぐに無茶をするんだから……」

「えへへぇ、ごめんごめん」


 そんな彼の若葉色の瞳を、両手を後ろ手に組んだメリアがすっと屈んで覗き込んで、


「……ね、心配した?」

「そりゃするよ! 当然じゃないか」

「ふぅ~ん、そっか、そっか。当然、か。ふふっ」


 その答えを聞いて、メリアの顔にとっても嬉しそうなはにかみ笑いが浮かぶ。

 先程までの不機嫌さはどこへやら、栗毛色の短髪を揺らして、彼女はからかうような口調で言った。


「マイルズも、あたしに抱き着いてもいいんだよ?」

「なっ、バッ……なんでそんなこと!」

「えぇ~~? 昔はよくくっついてきてたのに?」

「それ何年前の話!?」


 きゃいきゃいと親しげにじゃれ合っている、メリアとマイルズ。


 ……誰にも怪我がなくて、本当に良かった。


 そんな彼女らをほっこりしながら眺めていると、


「おいあんた! さっきのあれは、あんたがその魔物にやらせたのか!?」

「え?」


 急に、周りを村のおじさんたちに囲まれた。


 なんか、みんな目が据わっていて怖い。


 ……ちょっ、な、なになに!?

 ……もしかして私、気付かないうちにまた何かヤバいことやらかした!?


「あ、はい……そうです、けど?」


 笑顔を引きつらせながらも、どうにかそう答える。


 そして訪れる、一瞬の沈黙。


 ……あ、やばい。これ絶対、また何か怒られるパターンだ!


 私が思わず、首を竦めて目をつむったその瞬間、


「うおぉぉお! すげぇな、お嬢ちゃん!」

「……。へ?」


 周囲のおじさんたちが、パッと一斉に破顔した。


調教師テイマーってのは初めて見たが、大したもんだ!」

「あぁ、あんなふうに魔物に言うことを聞かせて人様をまもるだなんてな!」

「その魔物も、すげぇ力を持ってんな。さっきのはあれか、魔導障壁ってやつか!?」

「バッカ、魔導障壁ってのはな、ああいう物理的な衝撃には弱いもんなんだよ。たぶんこう、あれだ……もっと別の何かだろ」


 あれこれ互いに、やいの、やいのと言い合っている。


 その内容に、私を非難するようなものはない。


 どころか、


「嬢ちゃん、さっきは助かった」


 おじさんたちのうちの二人が、私に深々と頭を下げる。

 よく見れば彼らは、さっき木箱を運んでいた二人だ。


「嬢ちゃんがなんとかしてくれなかったら、俺たちは人を殺しちまうところだった」

「あぁ。それも、罪もない女の子を二人もな。助かった、感謝する」

「え、へ? い、いえ、私はそんな、お礼を言われるようなことは……!」

「私からも、お礼を言わせてください」


 気付けば、私を囲む人々の中に、サーシャさんとミーシャさんの姿もあった。


 不意に、片手が柔らかい感触に包まれる。


 サーシャさんの両手が、私の右手をぎゅっと握っていた。

 彼女はその場でひざまずくと、握った私の右手を自身の額にこつんと当てる。


 この世界における、最大限の感謝を表す際の仕草だ。


「ミーシャは、私に残されたたった一人の肉親で、大切な妹なんです。この子に何かあったらと思うと、私は……。助けて頂いて、本当にありがとうございました」

「え? え?」

「私も! 調教師テイマーのお姉ちゃん、助けてくれてありがとう!」


 私がわたわたしていると、今度は左手を小さな両手がぎゅっと握った。


 ミーシャさんだ。

 彼女は姉のサーシャさんと同じように跪いて、そのまま私の左手を額に当てた。


「そ、そんな! 私なんかに勿体ないですよ!?」

「ほら、メリアも。助けてもらったんだから、お礼ぐらい言いなよ」

「い、言われなくたって分かってるわよ……」


 続いてやってきたのは、メリアとマイルズだ。

 メリアは一瞬私を見た後、気まずそうに目線を反らして、


「た、助けてくれて……その、ありがと。あんたも、ちょっとはやるじゃないのよ」


 ぼそぼそと、呟くようにそう言った。ほんのりと、頬を桜色に染めながら。

 その様を私がぽかーんとして見つめていると、


「な、なによその顔は! あんたがまもってくれたおかげで助かったって言ってんの。せっかくみんなが感謝してくれてるんだから、もっと胸を張ってシャキッとしてなさいよ、シャキッと!」


 なぜだか、メリアに怒られてしまった。


 彼女は腕を組むと私から顔を反らせて、ぷんすこしている。

 けれど、メリアにそう言われたことで、私はようやく自覚できた。


 ……私、誰かをまもれたんだ。


 まもられてばかりだった私が、誰かをまもることができた。

 それが、何だか無性に嬉しくて。

 周囲を人々に囲まれた私は、温かな気持ちで笑顔を浮かべていたのだった。

 


 ――……しかし、彼女は気づいていなかった。


 彼女を囲み、称える一団から少し離れた村の一角で、その幸せそうな笑顔を酷く苛立たしげに睨む……紫色の髪の男がいることに。


 そして、その男の傍らに立つ、ローブ姿に丸メガネの怪しげな男がニヤニヤ笑いながら何かを耳打ちして……。


 紫色の髪の男の口元が、にんまりとつり上がったことに。

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