第九話 ミーシャさんを救え!

「っ!」


 その瞬間。

 おじさん二人が抱えていたでっかい木箱の塔が崩れ、ミーシャさんに向かって落ち始めたその時。


 一番初めに動けたのは、メリアだった。


 一昨日の模擬戦時に見せたような、獲物を狙うハヤブサのような速さ。


 助走もなしに瞬時にトップスピードに至るその動きは、私の目には一瞬消えたようにすら見えた。


 だが、私たちとミーシャさんとの距離は、大人の足にして大体十歩ほどは離れている。


 石畳の地面の上を、必死に疾駆するメリア。


 けれど、間に合わない……!?


 木箱は大人二人が両腕を広げてやっと抱えられるぐらいの大きさで、しかも明らかに重そうだ。それが三つも崩れ落ちてくるのだ。


 ミーシャさんは、私と同じぐらいの年恰好の華奢な雰囲気の女の子……巻き込まれたら、タダでは済まない。


「いやぁぁぁああああっ!」

「マルコ、お願いっ!」


 両眼をきつく瞑ったサーシャさんが悲鳴を上げるのと、私が叫んだのはほぼ同時だった。


了解ラジャー


 先程のメリアに負けないぐらいの速さで、四機のシルフィード・エッジが宙を駆ける。


 その様はまさしく、目標に向けて一直線に飛ぶ純白のやじりたち。


 ……お願い、間に合って!


 ギリギリのタイミングで、メリアがミーシャさんの前に滑り込む。

 ミーシャさんを背中側に庇うようにして屈み、左腕に括り付けられた小ぶりな盾を構える。


 でも、それじゃだめだ。


 二人とも一緒に、なだれ落ちてくる木箱に圧し潰されてしまう!


「メリアッ!」


 マイルズがかなり遅れて駆け出そうとしたけど、さすがにもう遅すぎた。


――ドガガガァァァンンッッ!!


 大人二人が両手を広げてようやく抱えられるぐらいの、大きな木箱。

 それらが倒れ、砕け散る。

 がぶつかる激しい音と共に、その場にぶわっと白い煙が舞い上がった。


 どうやら、木箱の中身の一部が袋に入った小麦粉だったらしい。


 メリアとミーシャさんの姿もまた、白い煙に覆われて全く見えなくなる。


「な、なんだ!? 今の音は!?」

「何事だ!?」

「まずいぞ、運んでいた荷物が崩れて、女の子が下敷きになったらしい!」

「そ、そりゃあ大変だ! おーいみんな、こっちに来てくれぇ!」


 周囲が一気に騒がしくなり、人がばたばたと集まり始めた。


「あ、あぁ……ミーシャ……」

「サーシャさん!」


 サーシャさんの身体がくらりとかしいで、隣にいたクレオさんが慌ててその体を支える。


 そんな中、私だけが深々と、ため息をついていた。


「はぁぁ~~……間に合ったぁぁ……」


 やがて、舞い上がっていた小麦粉の煙が落ち着いて、その場の状況が良く見えるようになり……


「お、おい!?」

「なんだよ、ありゃあ!?」


 集まってきていた人々が、にわかにざわつき始める。


 皆の目の前には、透き通った翠玉色の球体と、それに包まれた少女二人の姿。


 球体の周囲には、砕け散った木箱と、木箱の中に詰められていた果物や野菜、小麦袋などが無残に転がっている。


 砕けたのは木箱だけで、球体にも、球体の中の少女たちにも、傷ついた様子は全く見られない。


 そう。

 シルフィード・エッジ四機による、強力な障壁……”イージス”だ。


 木箱が二人を圧し潰す直前、シルフィード・エッジたちはすんでのところで二人の周囲に飛び込んでいた。

 そしてそのまま、防御用エネルギーフィールド”イージス”を展開、障壁で二人を包み込んで、木箱による圧殺を回避したのである。


 他の人からすれば、せいぜい大人の前腕ぐらいの小さな物体に、あんなでっかい木箱を何とかするなんて土台無理な話に思えただろうけど……。


 こっちには、冒険者狩りの魔法攻撃も、メリアの全力の刺突斬撃も防げる盾があるのだ。

 崩れてくる木箱から二人を護るぐらい、よゆーである。


 ……私がコントロールを持ってない状態で、しかもって目的以外でマルコが動いてくれるかは賭けだったけど。


 ……何とか間に合って、本当によかった……。

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