第八話 旅芸人の姉妹 ②

「ふふふっ。あなたたちが、今日護衛してくれる冒険者さん?」

「あ、えと……は、はい!」


 肘鉄のダメージから未だに復帰できずに悶えているマイルズと、しかめ面で顔を横に向け、不機嫌さを隠そうともしないメリアの代わりに。

 咄嗟に姿勢を正して、私が答えた。


「そっか。じゃあ、自己紹介しなくっちゃね」


 そんな私たちの姿は、護衛にあたる冒険者としてはものすっごく頼りなく見えただろうけど……その女性ひとはそれを気にしたふうもなく微笑を浮かべて、


「サーシャです。旅芸人をしています。シルフェの街までの護衛、姉妹共々、今日はよろしくお願いしますね」


 丁寧な口調でそう言って、ぺこり、と頭を下げるその女性――……サーシャさん。


 肩に乗っていた月白色の髪が胸の前に滑り落ちて、ふわりと揺れた。


 なるほど、どうやらこのサーシャさんが、馬車に同乗すると言っていた旅芸人さんの1人らしい。

 よく見れば、胸の前にたすき掛けにしたベルトを介して、背中に小さな弦楽器のようなものを背負っているみたいだ。


 どこかおっとりとした雰囲気の人で、確かに、クレオさんの言う通り戦えそうには見えない。

 まぁ、”戦えそうに見えない”って点では、私もまったく人のこと言えないけど。


「姉妹共々、ってことは、もう一人、妹さんが、いらっしゃるん、ですよ、ね」


 脇腹を抑え痛みに喘ぎながらも、マイルズがそう質問する。


「えぇ」


 サーシャさんはこくりと頷いて、


「妹のミーシャが一緒です。もうそろそろ、戻ってくる頃で……」

「お姉ちゃぁーーん!」


 と、そこへ響く元気な声。


 見れば、そこには通りをパタパタと駆けてくる快活そうな少女の姿が。

 たぶん彼女が、ちょうど話題に出ていたミーシャさんだろう。


 ぱっと見た感じ、年恰好は私の少し下ぐらいに見える。


 服装は……踊り子の衣装? と言えば分かりやすいだろうか。

 胸と腰回りは白い布で覆われているが、それ以外の露出が多い結構派手な装いだ。

 薄く桃色に透き通ったレース布を身体の随所にまとっていて、まるで羽の生えた妖精のようにも見える。

 彼女が石畳を蹴って走るたび、月白色のおさげ髪と一緒にぴょこぴょこ揺れていて、可愛らしい。


「待たせてごめんねー!」


 片手を上げてぶんぶん振りながら、慌てた様子で走ってくるミーシャさん。


「ミーシャ! 急がなくていいから、気を付けていらっしゃ―……」


 サーシャさんが声を張り上げて言った、その時だった。


 一心不乱に駆けるミーシャさんの前を、路地の間から出てきた大きな影がヌッと横切った。


 馬車に荷物を積み込もうと運んでいる、おじさんたちだ。

 大きな木箱を三つも重ね、前後二人に別れて一緒になって抱えている。


 ミーシャさんにとっても、荷を運ぶおじさん二人にとっても、その出会いは全くの予想外だったに違いない。


「きゃぁっ!?」

「うぉぉ!?」


 完全なる出会い頭事故。


 ミーシャさんは慌てて止まろうとしたみたいだけど、間に合わない。

 荷物を抱えて後ろ向きに歩いていたおじさんに、思いっきりぶつかってしまった。


「ミーシャ!?」


 驚くサーシャさんと、私たちの前で、ぽーんと後ろに吹き飛んで尻もちをつくミーシャさん。


 けれど、彼女にとって本当に災難だったのは、その後だった。


 衝突したことでバランスを崩したのは、ミーシャさんだけじゃなかったのだ。

 荷物を抱えていたおじさんたちの方も、ミーシャさんがぶつかったことで大きく姿勢を崩していた。


 そして、彼らが抱えていたのは、いかにも重そうなでっかい木箱たち……それも、三つ分。


 たぶん、元々かなり無理をして運んでいたのだろう。


 片方のおじさんがバランスを崩したことで、木箱の塔は一瞬で崩れ落ちた。

 地面に尻もちをついたまま動けない、ミーシャさんに向かって。


「あ……っ」


 視界一杯に迫ってきているであろう大きな木箱を見つめたまま、ミーシャさんの表情が凍り付いて……。


 木箱が激しく砕ける音と、サーシャさんの絹を裂くような悲鳴とが、その場に響いた。

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