第六話 一難去ってまた一難?

――ぱんっ! ぱんっ!


 と、そこで、再び手を叩く音がその場に響いた。

 緑色の髪の自警団リーダー――……クレオさんだ。


「はい、はい。話がそれてるよー。それで? 代表は、誰にするんだい?」


 場違いなほどにのんびりとした口調で話すクレオさん。

 そんな彼を、トゲトゲピアスのお兄さんがジロリと睨んで、


「オイオイ、分かんねぇか? 今、大事な話をしている最中なんだよ」

「へぇ、大事な話ってのは、一昨日冒険者になったばかりの新人の女の子をイジめることかい? それ、依頼者である僕たちをおざなりにしてまですることかな?」


 あくまで柔和な雰囲気を崩さず、クレオさんは言った。


「僕も良くは知らないけど、その子は調教師テイマーで、調教師テイマーってのは、魔物と意思疎通ができる特殊な才能がないとなれないものなんだろう? 特別な力を持っているんだから、冒険者のランクが高くなるのも当然じゃないのかな?」

「僕もそう思います」


 同意を示し、一歩前に出たのはマイルズだ。


「僕たちは先日、ここにいるメリアと二人がかりで彼女に模擬戦を挑みましたが……彼女が連れている四匹の魔物はとても強くて、まるで歯が立ちませんでした。ね? メリア」

「う……」


 マイルズににこりと笑って同意を求められ、メリアが苦虫を噛みつぶしたような表情になる。マイルズの耳に顔を近づけて、メリアが小さな声で抗議しているのが聞こえた。


(ちょっとマイルズ、あんたそんなこと言って……悔しくないの!?)

(悔しいよ? でもメリア、負けたことは事実なんだから、きちんと認めないと。強くなれないよ?)

(うぅ~……)


 肩を落とし、しぶしぶ仕方なく……と言った様子で頷くメリア。


「はい、負けました……」


 それを見て、クレオさん以外の自警団員二人がざわりとする。

 漏れ聞こえてくるのは、「お前、冒険者二人を同時に相手にして勝てるか?」「いや、俺じゃ無理に決まってるだろ」との会話。


「僕たちは、白等級とは言え冒険者です。そんな冒険者二人を相手取って余裕で勝てるんですから、彼女には少なくとも、灰等級の実力はあると思います」

「うん、真っ当な意見だ」


 マイルズの言葉を聞いたクレオさんが、満足げに頷く。


「まぁそもそも、彼女に灰色等級の実力があるかどうか云々なんて、今はどちらでもいいことだったんだけど…誰かさんが騒ぎ立てなければね」

 

 口元は笑ったまま、けれど、目は全く笑っていないクレオさん。

 そんな彼の視線を受けて、トゲトゲピアスのお兄さん、さすがに分が悪いと判断したらしい。

 これ見よがしに舌打ちをすると、私に背を向けて離れていった。

 どうやら、私があわあわしているうちに周囲が助けてくれて、危機は去ったらしい。


 ……はぁ、怖かったぁぁ~……。


 強張っていた肩の力を抜いて、私は安堵の息を吐いた。

 

 ……冒険者には、あんな人もいるんだ。気をつけないと。


「ユキさん? だったよね」

「あ、はい!」


 不意に名前を呼ばれて、驚いた私は弾かれたように顔を上げた。

 同時に、私に手を差し出した姿勢で立つ、水色の髪の男の子の姿が目に入ってくる。


「はい、認識票」

「あ……」


 その手のひらの上には、一昨日貰ったばかりの私の灰色の認識票が乗っていた。


「大事なものだから、あまり変な人に渡さない方がいいよ?」

「う、うん」


 認識票を受け取り、彼の中性的な顔立ちへと目を向ける。相手はまだあまり慣れていない男性なので、何だか恥ずかしくて少しだけ俯いたままで。


「その……ありがと、です。助けてくれて」


 マイルズは他の人よりは小柄だけど、それでも私よりは頭1つと半分ぐらいは身長が高い。

 なので、意図せず彼の若葉色の瞳を形となった。(※)


「!、い、いや別に! 僕はただ、ああいうのが嫌いでほっとけなかっただけっていうか……っ!」

「?」


 目がぱちっと合った瞬間、慌てた様子で視線を反らして、しどろもどろになるマイルズ。

 少しだけ、顔が紅い気がする。


 どうかしたのだろうか?


 私がこてりん、と首をかしげていると、


――ごすっ!


「痛ったぁ!」


 その場に何かが思いっきりぶつかる音と、マイルズの悲鳴が響いた。

 彼の背後から無言でツカツカと近づいてきたメリアが、彼の足を蹴ったのだ。


「な、何するんだよ! メリア」

「ふんっ」

 

 どういうワケだか、メリアは不機嫌だ。


 痛みに表情を歪めて身悶えするマイルズからツンと顔を反らしたメリアは、急に敵意のこもった視線を私に向けると、べぇっと舌を出してその場から去っていった。


「ちょ、ちょっとメリア。どこ行くんだよ」


 慌ててその背を追うマイルズ。


 ……ど、どゆこと?


 残された私は、ただぽかーんとして二人を見送ることしかできなかった。



 因みにその後、私たちのパーティのリーダーは、例の色々トゲトゲしたお兄さんに決まった。


 クレオさんが聞き出してくれた所によると、トゲトゲした人はダスティさん、メガネで出っ歯の魔導士はジョン=ドゥさんという名前らしい。


 ……ダスティさん、か。

 ……私がやるよりはマシだけど、あんな人がリーダーで、イザという時大丈夫なのかな? 


 …という不安は、本人以外の皆が持っていたかも知れないけど、誰もそれを口に出すことはなかった。


 この村からシルフェまでの道中で、敵に襲われるだなんてこと、誰も本気では考えていなかったからだ。


 ”イザという時”なんて、実際にはこない。

 リーダー云々もまぁ、形式的に決まっていればそれでいい。


 依頼主であるクレオさんですらも、そう考えている節があるように見えた。

 

 後に、私たちはその判断を後悔することになるんだけど……。

 

 それはまた、別の話だ。



※『少し俯いた状態で、目線だけを上にあげて相手を見上げる』

 人、それを、上目遣いと言う。

 低身長女子の意図しない上目遣いによる不意打ちは、世の男性の多くにクリティカルなダメージを与えるものと筆者は考えている(諸説アリ)。

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