第五話 口は禍の元……?

「あ、私もDです」


 思わず言ってしまった瞬間、私は「しまった!」と両手で口元を抑えた。

 けれど、今さら後悔しても後の祭り。

 口から出てしまった言葉は戻らず、その場の冒険者たちの視線全てが私に集中した。


「……あ?」

「えっ!? あんた、灰等級なの!?」

「と、登録した時期は、僕たちと大して変わらないはずだよね……?」


 冒険者ギルドのランクは、遺跡探索絡みのものを除いて、請けるクエストに制限を設けるものではない。


 極論を言えば、Eランクの人がAランク推奨のクエストを請けることも、依頼者側が許しさえすれば一応はできる。


 ただし、あくまで全ては自己責任。

 自分のランクに見合わない仕事を請けて、その人が命を落としても、大怪我をしても、ギルドも依頼者も一切の責任を問われない。


 じゃあ私たち冒険者に設定されているランクとは何なのかと言えば、ギルドがその人の実力をどれぐらい認めているかの指標……と言うことらしい。


 あなたの実力はこれぐらいだから、それに見合った難易度の仕事クエストを選ぶことをオススメしますよ? と言うワケだ。


 話を聞く限り、トゲトゲピアスの人と、メガネで出っ歯な魔導士さんのランクはD、灰等級。

 たぶん、メリアとマイルズのランクはE、白等級。


 その中で、私が自身のランクをDだと語ることはつまり、

【私の実力はメリアやマイルズより上で、かつトゲトゲピアスさんたちと同程度ですよ】

 と宣言することと変わりないのである。


 いくらシルフィード・エッジ(周囲から見たら変な魔物)を連れているとはいえ……。

 私みたいなが、身体も大きくて怖そうな雰囲気のお兄さんたちに向かって、「あなたと同程度の実力です」なんて言おうものなら当然……。


「てめぇ……ウソこいてんじゃねぇぞ?」

「ひぃっ!?」


 当然、めちゃくちゃ睨まれる!


「認識票だして見ろや。あ?」

「は、はいぃっ! 出します、すぐ出します!」


 額に青筋を浮かび上がらせたトゲ付きピアスの大柄な男の人が、顔をすぐ目の前にまで近づけて凄んでくる。


 超怖い。


 私は涙目になりながら、バックパックのサイドポケットを必死になってまさぐり、目的のものを取り出した。


「こ、これです……」

「ちっ」


 細い鎖の通った、灰色で楕円形の金属片。

 冒険者としての、私の身分証。


 それを私の手から奪い取るように手に取って、トゲトゲのお兄さんは舌打ちを1つ。


 それからじっくり、じっくりと認識票を睨んで、


「……くそっ、本物じゃねぇか」

「あ、あたしにも見せて!」


 呆然と立ち尽くしてしまった彼の右手から、メリアが軽やかに動いて認識票を奪取する。


「……うわ、灰色の認識票。ホントに私たちよりランク上なんだ」

「しかもメリア、この子…登録したの一昨日だよ?」

「一昨日!? じゃあ、たったの一日か二日でランクアップしたってこと?」

「違う。たぶん、初めから灰等級なんだ。一昨日っていったら、僕らとの模擬戦があった日だから……あれが、等級を決める審査だったのかも」

「ウソ…」


 トゲトゲのお兄さんもメリアも、なんだか悔しげだ。

 お兄さんの方に至っては、なにやら殺気のこもった視線まで向けてきている気がする。


「こっちは昇級するまでに半年は掛かってるってのに……てめぇ、どんな汚い手を使いやがった?」

「そんな! 汚い手なんて、私、なにも……」


 事実、私は模擬戦に参加した以外は何もしていない。


 ランクだって、ギルドが勝手に決めただけだ。


 何かを言い返そうとした私だったが……。


 自分より遥かに大きな男の人に睨みつけられて、その視線を真向まっこうから受け止めながら意見を言う度胸は、私にはなかった。

 肩をすぼめてぼそぼそと話す私を、相手のライムグリーンの瞳が鋭くギラリと光って見据える。


「……そういやさっきの認識票、魔力型が書かれてなかったな。ありゃ、どういうわけだ?」

「そ、それは…」

「あ? それは、何だよ」

「…」

「答えらんねぇってか?」


 答えられない。答えられるわけがない。

 魔力型の記載がないのは、私に魔力が全くなくて、確認ができなかったからだ。


 ハルニアやアル曰く、魔力が無いことが周囲にバレたら、イジメられたり仲間外れにされたりする……らしいけど。


 そんな私の秘密がもし、この怖いお兄さんに知られたら……。

 どんな目に遭わされるか、何をされるか、分かったものじゃない。


 ……うぅ、帰りたい。今すぐ、ハルニアとアルの所に帰りたいよ。


 なんで私が、こんなこと言われなきゃいけないのか。

 今すぐに仕事クエストを投げ出して帰りたくなるが……この仕事クエストを斡旋してくれたのはハルニアだ。

 ヘタに投げ出せば心配もかけるし、たぶん何かしら迷惑もかかる。


 である以上、簡単に逃げるわけにもいかなかった。

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