第四話 登場!! パラベラ村自警団

――ぱん! ぱん!


「ほらほら、ちゅうもーく!」


 不意に、その場に手を叩く音が鋭く響く。

 ふとそちらに視線を向ければ、柔和な雰囲気を持つ緑髪の男性が、他二人の男性を伴ってこちらへ歩いてくるのが見えた。


「そうやって喧嘩をするのも、血の気の多い冒険者らしくて悪くはないけど……そろそろ、こちらの話も聞いてもらえないかな?」


 先頭に立って話す緑色の髪の男の人を含めて、三人とも歳は三十前半ぐらいに見える。

 三人全員が負い紐を介して背中に長い魔導銃を背負っているが、そのどれもが古びていて、黒ずんだ木のパーツが目立っていた。

 防具を装備している者はおらず、三人が三人とも、質素なシャツとズボンを身に纏うのみである。


「あん? なんだ、オメェら」


 武装はしているものの、明らかに冒険者とは雰囲気が違う彼らに対し、トゲトゲ髪&ピアスのお兄さんが威圧するような視線を向ける。

 目前の相手と睨み合っていたメリアもまた、怪訝な表情で彼らを見ている。


 緑髪の男性は困ったように笑って、


「なんだ、とはご挨拶だね。僕たちは一応、君たちに仕事クエストを出した依頼主なんだけど」

「なに?」


 ぴくり、と片眉を釣り上げるトゲトゲお兄さん。

 緑髪の男性は柔らかな雰囲気を崩さぬまま、続ける。


「僕たちは、パラベラ村自警団。僕はリーダーのクレオだ。今回、ギルドに荷馬車の護衛の依頼を出したのは僕たちだよ」

「…ちっ」


 さすがのトゲトゲお兄さんも、お金を出してくれている依頼人には頭が上がらなかったらしい。

 小さく舌打ちをして、黙ってしまった。

 その様を見て、緑髪の男性―…自警団リーダーのクレオさんは、やれやれと苦笑した後、


「今日の荷馬車の護衛には、僕たち三人も参加する。とはいえ、僕たちは戦いに慣れているわけではないから、戦力としてはおまけ程度で考えてもらったほうがいい。実際に襲われた時は、キミたち冒険者に活躍してもらうことになるね」

「……戦闘なんざ、どうせ起こらねーだろうがな」

「ははっ、まぁ僕も、そう願ってはいるよ」


 トゲトゲお兄さんの憎まれ口を、クレオさん、軽く笑ってスルー。

 大人の対応である。


「さて、君たちの方から、何か仕事クエストについて質問はあるかな?」

「はい」


 手を上げたのは、メリアと一緒にいる水色の長髪の男の子――……マイルズだ。


「二つほど確認したいことがあるんですが、いいですか?」

「もちろん、どうぞ」

「ありがとうございます。…まず、今回の護衛対象なんですが、ここにある馬車三台のみでいいですか? それと…できれば、積み荷の内容も教えてください」


 いい質問だね、と、クレオさんは笑顔を浮かべて、


「その通り、ここにある三台が護衛対象だ。積み荷のほうは、この村周辺で獲れた農産物や狩猟肉が主で、あとは旅芸人が二人乗っていくね」

「旅芸人……その人たちは、戦えますか?」

「んー、どうだろう? こんな物騒な世の中で旅なんてしているぐらいだから、多少の心得はあるかも知れないけど…正直、戦えそうには見えなかったな」

「分かりました、ありがとうございます」


 ……なにこの子!? 私と同い年ぐらいの見た目なのに、めちゃくちゃしっかりしてる!


 積み荷の中身についても尋ねたのは、知らないうちに何かヤバいものを運ばされたりしないようにだろうか?

 私は訊かなきゃいけないことなんて、何も思いつかなかったのに……。


 私は驚いて、マイルズの中性的な顔立ちに目をやる。


 と同時に、彼の隣で得意げに笑って立ち、周囲にドヤ顔を見せつけているメリアの姿が目に入って、


 ……なんでメリアが自慢げなんだろう。


 謎である。


「もう一つ、確認してもいいですか?」

「あぁ、なんでも聞いてくれ」

「クレオさんたち自警団は、さっき、戦いに慣れてないってコトを仰ってましたが……実際、戦闘の経験はどれぐらいありますか?」

「うーん、”戦闘の経験”かぁ……」


 マイルズからのその質問に、クレオさん、頬をぽりぽり掻いて微笑し、


「自分で言うのも情けないけど、”ほぼゼロ”だね。一応自警団なんて名乗ってはいるけど、この村はシルフェ衛兵隊の巡回ルートにも近いから、魔物や賊に襲われるなんてこともないし。一応、数日に一回、案山子を的にした射撃訓練はしているよ」

「そうですか……」

「あぁそういえば、ちょっと前に賊みたいな連中が近くに来たことがあったけど……あれは、物見櫓から魔導銃を一発撃って威嚇しただけで逃げていったからね。戦闘とは呼べないなぁ」


 ふと、少し離れたところに立つ、トゲトゲピアスのお兄さんの姿が目に留まった。


 ツンツンと逆立った紫色の短髪を弄って、欠伸をしている。


 マイルズがしている情報収集には、心底興味が無さそうだ。”どうせ何も起こらねぇんだ。聞いても仕方ねぇだろ、そんなこと”って雰囲気が、露骨に出ている。


 そんな調子で本当に魔物や賊が出てきたら……この人、どうするんだろう? と思ったが、当然指摘はしない。


 ただでさえ苦手な雰囲気な、それも男の人。極力、関わりたくない。


 と、そこで。


 トゲトゲピアスのお兄さんの傍らに立つ、ローブを纏った出っ歯な魔導士が、私をじっと見ていることに気が付いた。

 分厚いメガネのグラスが日の光を反射して、その奥にある瞳がどうなっているのかは分からないけど……何だか、ねっとりと身体に絡みつくような、舐めまわされるような視線を感じる。


 ……この人の雰囲気も、トゲトゲピアスの人とは別のベクトルでなんか苦手。


 何だか背筋に悪寒を感じ、肩を震わせた私は慌てて彼から顔を背けた。


 ……考えてみたら、さっきからこの人だけ、一言も喋ってないし。

 ……申し訳ないけど、なんか不気味。


「ところで、今日の君たちのメンバーの中で、リーダーというか…代表的な立ち位置の人はいるかな? 報酬についての交渉とか、いざという時の指揮とか、ざっくりとでも決まってた方が混乱しないからね。いてくれると、こちらも助かるんだけど」


 クレオさんからの質問。

 けれど、誰も答えない。

 というより、答えられない。

 今さっき会ったばかりの私たちに、そんなの決まってないからだ。


 その状況は予測していたのか、クレオさん、軽く頷いて話を続ける。


「じゃあ、ちょっと適当ではあるけど…とりあえず、メンバーで一番ランクが高い人がリーダーってことでどうだろう」

「それなら俺たちだな」


 口を開いたのは、例のトゲトゲお兄さんだ。


「俺たちのランクはD、灰等級だ。お前らガキどもはどうせ、最底辺のEだろ? 認識票も真っ白で……」

「あ、私もDです」


 思わず言ってしまった瞬間、しまった、と思って両手で口元を抑えた。


 けれど、今さら後悔しても後の祭り。


 口から出てしまった言葉は戻らず、その場の冒険者たちの視線全てが私に集中した。

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