第三話 困った巡り合わせ

 案内された先、馬車の列の最後尾横で待っていたのは、四人の冒険者然とした人たちだった。


 1人は、紫色の短髪をツンツンと逆立てた男の人。

 ライムグリーンの瞳がギラギラしてる。

 年齢は、アルと同じで20代前半ぐらい。職種クラスは、たぶん重装戦士ヘヴィウォーリア


 私よりかなり高身長で、体の各所に頑丈で重そうな金属製の防具を、背中には鞘に収まった長い剣を背負っている。

 両方の耳に、何やらトゲトゲした威圧的なデザインのピアスがぶら下がっていて、ちょっと怖い。


 もう一人は、トゲトゲピアスのお兄さんよりは少しだけ小柄の(それでも私よりもかなり大きいけど)、魔導士っぽい男の人。

 年齢は…よく分からない。

 身体全体を覆う濃い緑色のローブを着ていて、手には銀色の金属でできた杖。

 丸くて分厚いメガネに日光が反射して、瞳の色は伺えない。

 ネズミみたいな出っ歯をしていて、口を閉じているにも関わらず、唇の上から黄色い前歯が覗いている。


 残りの二人は、私と同い年ぐらいの見た目の男女ペアだ。

 栗毛色の短い髪と勝気そうな同色の瞳が印象的な、軽装戦士ライトウォーリアの女の子と、水色の長い髪をさらりと流した魔導士ウィザードの男の子で――……って、あれ?


「あっ」

「えっ!?」


 栗毛色の髪の少女とぱっちり目が合って、私たちは互いを同時に指さして絶叫した。


「あぁぁあっ! あんたは!」

「あの時の!?」


 世間は狭い、とでも言うべきか。

 そこにいたのは、先日ギルド登録の日に模擬戦で戦った相手……確か、メリアとマイルズの二人だったのだ。


 相変わらず手足が長く、すらりとスレンダーな体躯のメリアが、私を見下ろして鼻を鳴らす。


「ふんっ、あんたもこの仕事クエスト、請けてたんだ」


 彼女は先日、私の密かなコンプレックスを散々に刺激してくれた憎き相手である。

 私も負けじと、目の前のマロンブラウンの瞳を睨み上げる。


「そ、そう言うそっちこそ! この仕事クエスト、請けてたんですね」

「そりゃそうよ、あたしたちはちゃんとした冒険者だもの。っていうか、あんたが本当に冒険者だったことが驚きだわ」

「……それ、どういう意味です?」


 腕を組み、できる限り胸を張り、ちょっぴりつま先立ちになってプルプルしながら対抗する私を見て……メリアは相手を小バカにするように笑って言った。


「ぷっ、だってあんたみたいなちびっ子じゃ、そこらのネズミにすら勝てないじゃない」

「んなっ! 今、また小さいって言いました!?」

「言ったけど? だってあんた、本当に小さいんだもん。チビにチビって言って、何が悪いのよ?」

「小さくないですっ! っていうか、さっきから”あんた””あんた”って、何ですか!? 私には”ユキ”って言う立派な名前があります!」

「そんなの知らないし。ちびっ子はちびっ子よ」

「むっふぅぅぅうう!」


 ……やっぱこの人キライ! ムカつく!


 と、そこで私はハッとして気づく。

 目の前のこの腹立つ相手を”ぎゃふん”と言わせる絶好の話題ネタを、こっちは持っているじゃないか、と。


「ふっ……ふふふっ」

「?、何よあんた、急にニヤニヤして」


 怪訝そうにこちらを見るメリアに向け、口角をニヤリと上げた挑戦的な笑みを浮かべて。

 私は言ってやることにした。


「いやぁ、そんなちびっ子にコテンパン負かされて半べそかいてたのは、どこの誰だったかなーって思いまして」

「んぐっ!」


 そう、私は先日の模擬戦で、彼女らに圧勝しているのだ。

 「ちびっ子」だの「チビ」だのとバカにしている相手にぼろ負けしていたことなど、絶対に指摘されたくないに違いない。


 事実、効果は抜群だったようだ。

 余裕たっぷりだったメリアの笑みが急に引きつって、整った顔立ちが悔しげに歪む。


 ……ふふーん、いい気味。もっと言ってやろっと。


「私よりおっきいクセに、攻撃、一発も当てられてませんでしたよね?」

「ぬ、ぬぐぐぐぐ…!」

「ふふふん! ねー、どんな気持ちでした? ちっさいちっさいってバカにしてた女の子に負けて、どんな気持ちでした?」


 俯くメリアの真っ赤な顔を覗き込んで、追撃で煽ってみる。

 しばらくこぶしを握って震えていたメリアだったが、やがて私の周囲にふわふわ浮かぶシルフィード・エッジたちを指さすと、


「だ、だってあんた、卑怯じゃない! 調教師テイマーだか何だか知らないけど、あんなのあんたじゃなくて、そこの変な魔物の力じゃないのよ!」

「そうですよ? でも、勝ちは勝ちですよね」

「ぐぬぬぬぬ! ちっさいクセに、ホントに生意気…!」

「あーっ! また小さいって言った!」

「だから何よ? この場でやろうっての?」

「いいですよ、臨むところです! この前と同じで、ぎったんぎったんにしてやりますからっ!」


 バチバチと火花が出そうなほどに、視線をぶつけ合う私とメリア。

 そこへ、


「あーもう! 止めなよ、二人とも」


 水色のさらさら髪の男の子、確か―…マイルズが、私たちの間に割って入った。


「この前は対戦相手だったかも知れないけど、今日は同じ仕事クエストを請けた仲間同士なんだから。もっと協力し合おうよ」


 さらに、


「オイオイオイオイ、コイツは何の冗談だ? 今回の仕事クエスト、ガキどものお守りまで俺らがしなきゃなんねぇのか?」


 さっきのトゲトゲピアスのお兄さんが、げんなりした様子でそう言った。


「ったく、仕事クエストはガキの遊びじゃねぇんだぞ。そう言うのは他所でやってくんねぇか?」


 紫色のツンツン髪をガシガシ弄りながら、こちらをジロリと睨むお兄さん。

 ちょっと、いや、かなり苦手な雰囲気の男の人だ。

 思わずびくりと肩がねて、私は身をすくめて頭を下げた。


「ご、ごめんなさい…」

「は? 今の、どういう意味よ」


 そんな私に比べて、メリアの反応は真逆だった。

 自分より体格の大きな男の人に対しても、臆することなく食ってかかる。

 けれど、態度もピアスも、何なら髪型もトゲトゲしたその男性は、そんなメリアの態度が心底気に入らなかったらしい。


「あ?」


 その時、彼がメリアに向けた視線は、殺意すら感じさせる恐ろしいものだった。

 それでも、メリアに怯んだ様子はない。

 彼女はその視線を真向から受け止めて、堂々と相手を睨み返していた。

 その背後ではマイルズが、「ちょっとメリア、止めなって」と小声で抗議して袖を引っ張っているが、完全に無視されているようである。


 ……相手があんな怖そうな男の人なのに、すごいな。


 私は素直に感心すると同時に、ある事実に気づいて愕然とした。


 それは、私の初めての仕事クエストは、この不安極まりない面子パーティで挑まなければならないという……直視に耐えない現実であった。

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