第二話 到着! パラベラ村

 その後も、馬車に揺られることしばし。


 (私が吐きそうになった以外は)特筆するような問題もなく、私たちは目的の村へと到着した。


 村の名は、パラベラ。


 シルフェから西へとまっすぐ伸びる石畳の道沿いに造られた、”道の駅”と言った感じの村落だ。


 建物はどれも、木造または石造。

 村のはずれには風車小屋が一軒立っていて、四枚の羽根がのんびりと回っているのが見える。


 シルフェの街もそうだけど、村の周りに堀や壁と言ったものはなく、代わりに大きな物見櫓がいくつか、村の四方に屹立きつりつして周囲に睨みを利かせていた。

 いざという時にはあそこから警鐘を鳴らし、狼煙を上げて周囲に危険を知らせるようになっているらしい。


 とりあえず、馬車から降りて深呼吸。緊張は相変わらずだけど、変に身体を揺らされなくなったことで、幾分か吐気は落ち着いた。


 と同時に、馬車の後ろに積んであったシルフィード・エッジたちがふわりと浮かんで、いつも通り私の両脇に並ぶ。


 ……それで、私のお仕事クエスト先の馬車はどこだろ。

 ……あ、あれかな。


 周囲に視線を巡らせるとすぐに、それらしい馬車の列を見つけることができた。


 一頭立ての小ぶりな馬車が三台、道沿いに並んでいる。


 既に木箱を満載にした荷台のみの馬車一台と、小ぶりな幌馬車が二台だ。

 馬車の周囲には既にいくらかの人が集まっていて、中には私と同じ冒険者だろうか、魔導銃や杖、剣と言った武器を携えている人の姿も見えた。


「それじゃユキちゃん、あたしは戻るからね。初めてのクエスト、頑張って!」

「あっ……うん!」


 一瞬だけ、”行ってほしくないな”と言う気持ちが頭をもたげ、不安げな面持ちになってしまった気がする。


 あまりハルニアを心配させたくはない。


 私はそれを慌てて笑顔で隠して、冗談めかしてこう言った。


「と言っても、ただ単に他の冒険者さんと馬車に乗って帰ってくるだけだけどね」

「確かにそうだけど、油断しちゃだめよ? 最近はシルフェみたいな大きな街の近くにも魔物が出るし、仕事クエストに絶対はあり得ないんだから」

「はーい、分かってまーす!」


 ハルニアと話しているうちに、いくらか緊張がまぎれた気がする。

 少しだけ肩の力が抜けた私を見て、ハルニアはやれやれと苦笑した。


「じゃあ、今度こそ。ユキちゃん、また後でね」

「うん、後で!」


 互いに手を振り合った後、往路に使った馬車に再び乗り込むハルニア。


 元来た道を再び引き返していく馬車を、姿が見えなくなるまで見送ったのち。

 私はいつものペンダントをぎゅっと握って、息を深く吸い、そして吐いた。


「よし…がんばろう! マルコ、行くよ」

了解ラジャー



 緊張で硬くなった身体をぎこちなく動かして、馬車の列に近づく。

 それから大きく息を吸った後、


「あ、あのっ、こんにちは!」

「ん?」


 集まっている人のうちの1人に、声をかけてみた。


 ……自分が思っていたよりも声が大きくなってしまって、ちょっぴり恥ずかしい。


 声をかけた相手―……周囲にあれこれ指示を出していた快活な雰囲気のひげ面おじさんが、振り返って私を見る。


「おや、お嬢ちゃん。どうしたんだい? ここらは荷運びでバタバタしてるから、不用意に近づくと危ないよ?」

「いえ、その…私、ギルドで護衛の仕事クエストを請けてきた冒険者なんですが」

「え? お嬢ちゃんが、かい?」


 ひげ面のおじさんは目を丸くして、私の姿をまじまじと見た後、一瞬怪訝そうな顔で宙に浮かぶシルフィード・エッジに視線を移して……それから困ったように笑って言った。


「はははっ、大人をからかっちゃいけないよ。そんな小さいなりで、冒険者だなんて」

「なっ、ちょ……ち、小さっ!?」

「お嬢ちゃんみたいな女の子が冒険者だなんて、ちょっと無理があるだろう。強い冒険者に憧れる気持ちは分かるけど、遊びならもっと暇な人を見つけておいで」


 ひげ面おじさんの口調はあくまで優しく、丁寧だ。

 バカにしたり貶したりするつもりはなく、どうやら本当に”子どものごっこ遊び”だと思われているらしい。


 因みに今日の私の恰好は、先日の遺跡探索の時に買った冒険向け装備一式。


 白いフリル付きブラウスの上に、丈夫な革製の袖なしジャケット。

 下は赤と黒のチェック柄のプリッツスカートに、足元にはこれまた丈夫で長丈の革製ブーツ。

 背中には、小ぶりだがしっかりした造りのバックパック。


 装備はそれなりにちゃんとしているはずなのに……心外である。

 私は、むふぅ、と頬を膨らませると、


「からかってもいないし、遊びでもありません! 私、本当にDランクの冒険者なんです」

「ぶぁっはっは、まさか! 妙な魔物を連れてるとはいえ、信じられないなぁ」

「むぅぅ! だったらこれ、認識票です」


 バックパックのサイドポケットに手をやって、そこから灰色で楕円形の金属片を取り出す。

 一昨日貰ったばかりの、私がDランク・灰等級の冒険者であることを証明する認識票だ。

 小さな穴を通して細い鎖が結んであり、首や手首にぶら下げられるようになっている。


「ほほぅ、認識票かい? どれどれ、見せてごらん」


 何やら微笑ましいものを見る目で認識票を受け取る、ひげ面おじさん。


「おぉ、おぉ、よく出来てるじゃないか。お嬢ちゃん、中々器用じゃ……ん? これは、ギルドの正式な紋章? それに、こっちには登録番号……?」


 始めはニコニコしながら灰色の認識票を眺めていたひげ面おじさんだったが……どうやら、それが子どもの玩具オモチャでもなんでもない、本物だと気づいたらしい。


 彼はやがて、信じられないものを見る目で私を見て、


「こ、こいつは驚いた。お嬢ちゃん、本当に冒険者なのかい?」

「だから、何度もそう言ってるじゃないですか」

「しかも、Dランクの?」

「はい!」


 えへん!

 何だか誇らしい気分になった私は、両手を腰に当て、まだまだ成長途中の胸を精一杯に張ってオジサンのひげ面を見上げる。


「ひ、人は見かけによらない、とは言うが……」


 対するひげ面おじさんは、しばらくぽかーんと口を開けて面白い顔をしていたが、


「と、とにかく、お嬢ちゃんは今日来てくれた冒険者の1人なんだな? なら、こっちに来てくれ。既に、他の冒険者も何人か集まっているから」

「はいっ!」


 どうやら、他の冒険者さんたちの元へ案内してくれるらしい。

 はっきりと元気に返事をして、私はひげ面おじさんの背中を追っていく。


 ――……イイ感じで緊張がほぐれ始めていた私だったけど、この時はまだ、思ってもみなかったのだ。


 簡単だと思っていた初めてのクエストが、この後、あんな大変なことになるだなんて……。

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