第五章 はじめてのクエスト

第一話 馬車に揺られて……

 ここは、シルフェの街の近郊。


 青く晴れ渡った空のもと、西に向かって一本の道が伸びている。


 大地を覆う草の海を真っ二つに裂いて伸びるその道は、街と街とを繋ぐ主要な交易路の1つだ。

 路面は人の手によってしっかりと均され、馬車や人が通りやすいよう丁寧に石畳が敷き詰められている。


 その道を今、古めかしい馬車が一台、ガタゴトガタゴトとリズミカルな音を立てながら、のんびりと進んでいた。


 そしてその馬車の中に―……。

 私――ユキと、ハルニアの姿はあった。



 先日のギルド登録と模擬戦闘の後、私が受け取った認識票の色は灰色だった。


 つまり、ランクはD。

 最低ランクはEで、認識票の色は白だから、まさかの飛び級だ。


 どうやら、あの模擬戦の内容が評価されたらしい。

 相手も新人だったとはいえ、二対一の数的不利を覆しての勝利と言うことで、ギルドマスターが感心していたそうだ。


 今は、初のクエストに参加するために、依頼人との待ち合わせ場所に向かっている最中である。


 街の外での仕事ということで、今度こそマルコ本体が一緒に来ようとしていたが(マルコ本体は先日、シルフェの街内部での走行を禁じられてしまった…)、「こんなので村に乗りつけたら、大騒ぎになるに決まってるでしょ!?」とハルニアに止められてしまった。


 なので、今回もマルコ本体は「止まり木亭」の前でお留守番。

 私のお供は、例によって四体の白い矢じり…シルフィード・エッジだ。

 必要以上に御者さんを驚かせないよう、今は馬車の後ろの荷物置き場で大人しくしてくれている。


「ユキちゃん、緊張してる?」


 横掛けの座席の隣に座るハルニアが、イタズラっぽく笑って声をかけてきた。


 当然、してないわけがない。


 なにせ、人生初のお仕事クエストだ。

 正直、自分が上手くできるか不安でしょうがない。


 慣れない馬車の揺れも相まって、ちょっと吐きそうにすらなってくる。


「う、うん。ちょっと……いや、だいぶ緊張してるかも……」

「…って、大丈夫? 顔、真っ青だけど」

「うぅぅ…ぎぼぢわるい」


 このままだと、そう遠からずお腹の中の朝食と再会することになりそう……。


 ハルニアに心配そうに背中をさすられながら、窓枠にもたれかかる。


 少しでも吐気から気を反らそうと、流れゆく景色に意識を向けて……私は、今日の依頼の内容について思い起こしていた。


 

 今回受けた依頼の内容―……それはシンプルに言えば、【シルフェの街に向かう馬車の護衛】だ。


 もうすぐシルフェで開かれる大きなお祭り、「ルールズ降臨祭」に向けて、近くの農村から物資が運び込まれるらしい。

 その物資と、運搬にあたる人々を護るのが今回のお仕事クエスト


 パッと聞くと初心者の私がやるには危険にも思える内容だけど、ハルニアが斡旋してくれただけあって、実はウラがある。


 出発点となる近隣の村からシルフェの街までは、しっかりと整備された道が伸びていて、シルフェ衛兵隊が定期的に巡回もしているらしい。

 そのため比較的安全で、賊や魔物が出ることもほとんどないルートなのだそうだ。


 それでも全くのノーガードではさすがに不安が残るため、一応ギルドに護衛の依頼が出ているが……実質、馬車と一緒にシルフェまで帰ってくればいいだけの、安全で簡単に稼げるオイシイ仕事だ。


 本来は競争率が高く、そうそう簡単には請けられない仕事クエストだそうだが、今回はハルニアが顔を利かせてねじ込んでくれたみたい。


 ……前から思ってたけど、ハルニアは色んな所にやたらと知り合いがいて、しかも全員から好かれていて不思議だ。

 

 まぁ、顔立ちもキレイで器量も良くて、スタイルだって抜群な彼女のことだ……同性の私だって憧れるぐらいだし、見惚れて好きにならない男の人の方が少なそうではあるけれど。


 因みに、私の碧い目とはちみつ色の髪だけど、ハルニアとの距離があまりに離れすぎると術が切れて黒に戻ってしまう。


 私の本当の髪と目の色は周囲に隠さなきゃいけない。

 そこで、ハルニアは自分の魔法の効果範囲から私=護衛にあたる馬車が出ないよう気をつけつつ、シルフェの街の近くで待っていてくれるらしい。


 ……正直言うと、どうせなら近くで、いつでも話せるぐらいの距離で見守ってて欲しいな、なんて思ったりもする。


 自分がちゃんと仕事クエストができるかなんて分からないし、自信もない。

 だからメチャクチャ緊張するし、身近な人に近くにいて、助けてもらえたらどれだけ安心かと思う。


 だけど、それじゃダメだ。


 いつまでもハルニアやアルに頼りっぱなしじゃ、強くなんてなれない。


 ……初めてのクエスト。絶対に、自分の力でやりきって見せるっ!


 窓枠に寄りかかり、緊張と馬車酔いで吐きそうになりながらも、私は心中で強く誓うのであった。

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