第十五話 決着とその後……

「モード:ニードル!」


 瞬間、私の左右に控えて障壁を張っていた二体が同時に攻撃を放つ。障壁がパッと消えて、メリアの胴に向け薄緑色のビームが真っすぐに伸びた。


 ……かなり威力を控えめにするよう念じたから、死んじゃったりはしないはず。でも、ちょっとした怪我ぐらいはすればいいと思うよ!


「こんッ…のぉっ!」


 私はそれで「勝った!」と思っていた。

 しかし、メリアは私が思っていたよりもずっとしぶとかった。


 彼女はまず、仰け反った姿勢のまま右半身をぎゅるっと後ろに捻って、二発放たれたビームのうちの一発を回避した。

 もう一発はメリアの肩あたりに突き刺さるかに見えたが、彼女は身体を捻ると同時に左腕の盾を掲げていて、そちらに直撃する。


 メリアが装備しているのは木製の円盾だ。

 木でできた盾なんて容易に貫通できるだろうと思っていたら、何と当たった瞬間にビームが霧散して打ち消されてしまった。


 盾の表面に何らかの加工が施してあるのか、木材の方に秘密があるのか、それともメリアの技なのか。


 分からないけれど、とにかくこれは予想外で、私は慌てた。

 今のが凌がれるなんて、思ってもみなかったのだ。


「うぇえっ!?」

「隙ありッ!」


 狼狽うろたえて一瞬の思考停止に陥った私の隙を、相手が見逃すはずはない。


 メリアはすぐに態勢を立て直すと、右手に握る剣を振り上げて斬りかかってきた。


 先程の攻撃に際し、障壁は消えたままだ。

 攻撃を直に受ければ当然、私なんてもない。


「っ!」


 ……ダメ、私がしっかりしないとシルフィード・エッジも動けなくなる!


 私は咄嗟に、振り下ろされようとしている刃を打ち払う剣を脳裏に描く。


 そのイメージに反応したのは、先程メリアの盾に体当たりを防がれた二体だった。


 盾に衝突した後、メリアの後ろ側へと飛翔していたそれらの先端に、ヴォン! と音を立ててエメラルドの刃が生成される。


「メリアッ! 後ろ!!」


 マイルズの悲鳴が響くが、もう遅い。


 先端から刃を生やした二体が、メリアのがら空きになった背後から一斉に襲い掛かる。

 狙いは、振り上げられた剣の刀身だ。

 エメラルドの刃が宙を舞って、鈍く照明の光を反射していた刀身は、瞬き1つする間もなく寸断された。


「―…え?」


 剣を振り上げた姿勢のままで、メリアが固まる。


 それはまるで、ハサミを前にした薄紙のように。

 あっさりと切断された自身の剣を、栗色の瞳が丸くなって見上げている。


 それを成した存在はメリアの背後から前へと飛び抜けて、私の腕と目の動きに合わせて急旋回、その切っ先を再び彼女へと向ける。


 私は無言で、右手をメリアに突き付けた。

 これ以上抵抗されないよう、冷たい白刃を喉元に押し付けるイメージで。


 私の両脇に控えていた二体の先端にも翠玉色の刃が生えて、他の二体と同時に相手の喉元目掛けて突撃する。


「メリアッ!」

「ッ!!」


 マイルズが叫び声が聞こえて、メリアがぎゅっと目を瞑って身を硬くするのが見える。


 次の瞬間には、シルフィード・エッジ四体は四方からメリアを囲んで、首元に魔力の刃を突き付けていた。

 皮膚に刃は届いていないので怪我は全くしていないが、下手に動けば刺さってしまいそうな状態だ。


「そこまで! 戦闘を中止してください!」


 少し慌てた調子で、コレットさんの声が響く。


「武器破壊により、メリアさんは戦闘不能。ユキさんに勝利判定、模擬戦は終了です!」


 その言葉に、肩の力がふっと抜ける。

 どうにか、勝って模擬戦を終えられたようだ。


 ……もういいよ、戻ってきて。


 心中で命じると、シルフィード・エッジたちの先端から生えた翠玉の刃がすぅっと消えて、四機揃って私のもとへと戻ってくる。


 多分、そろそろ負荷限界時間だ。

 ちょっと頭がぼーっとしてきている。

 コントロールをマルコに返さないといけない。


「マルコ、シルフィード・エッジをお願い」

了解ラジャー


 私の求めに応じて、マルコがシルフィード・エッジの操作を請け負ってくれる。


 少しだけ頭が楽になった気がして、私はふぅっと息を吐いた。

 ふと視線を感じて顔を上げると、悔しそうに歯噛みするメリアと目が合う。


 ……あ、そうだ。さっき私に言ったことを謝ってもらわないと。


「あの、さっきのことなんだけど……」

「……せっかくのチャンスだったのに」

「え?」


 私が口を開こうとすると、メリアはそうぼそりと零して私に背を向け、その場からすたすたと歩き去ってしまった。

 私が入ってきた扉の対角線上にある別の出入り口から、荒れた歩調で外へ出ていく。


「……いくわよ、マイルズ」

「へ? う、うん」


 私と去っていくメリアの背中とを困った様子で見やった後、マイルズもまた、模擬戦区画を去っていった。


「……。行っちゃった」


 後に残されたのは、ぽかんとして立ち尽くした私と、四機のシルフィード・エッジのみであった。



 ……その日の午後、冒険者ギルド・シルフェ支部の一画にて。

 ギルドマスターと受付嬢、二人の会話。


「それで……あの無理やりな模擬戦で、何か分かったんですか? っていうか、ちゃんとした意味、あったんですか?」


「当然だ。俺が何のために模擬戦なんかさせたと思ってるんだ?」


「……退屈な書類仕事から逃げて、闘技場コロセウム気分で観戦するためじゃないんですか」


「……ソンナワケナイダロ?」


「……。本当ですか?」


「そんなことよりもだ! クソッタレの衛兵隊からまわされてきたって時点で厄介ごとの予感はしていたが……あの新入りの娘、やはり何かあるぞ」


「新入りの娘? ユキさんですか。何かあるって、何がです?」


「それが何かはまだ分からんが……これは間違いなく言える。あいつが連れてる魔物、あれは普通じゃない」


「確かに、珍しい魔物でしたよね。人の言葉を話したりするのは、一部のゴブリン変異種とかもそうですけど……ギルドの魔物図鑑モンスター・ファイルにもあんな形状のものは載ってませんでした。新種でしょうか」


「……いや、そもそもあれからは、生物として異質なものを感じた。魔物ですら無いかも知れん」


「魔物じゃない? それじゃ、何なんだって言うんです?」


「……例えば、古代兵器オルト=マシーナ


「まさか! 真面目に言ってます? いくら復活してるとの報告が入っているとはいえ、古代兵器オルト=マシーナ調教テイムできる人間がいるなんて……あり得ません」


「いや、いるにはいる」


「それは?」


「数多の古代兵器オルト=マシーナを従え、魔を討つ者……教会聖典で再臨が予言されている、英雄とやらだ」


「……やっぱり、ふざけてます?」


「……ふっ。かもな」


「はぁぁぁ~。真面目に会話に付き合って損しました。それで? ユキさんのランクは、結局どうするんですか?」


「あぁ。それはな―……」





ルインズエクスプローラー ―冒険者アルと遺跡の少女―

第四章 ギルド登録と模擬戦闘  【完】

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