第十二話 模擬戦、はじめ!

「―……模擬戦、はじめッ!」


 コレットさんの気合いの入った一声が聞こえるや否や、先に動いたのは相手の方だった。


「先手必勝っ! マイルズ!」

「わかってる!」


 戦士の女の子が叫んで、魔導士ウィザードの男の子が持つ銀色の杖の先っぽが、ぼんやりと光り始める。


「警告:前方、目標A-1アルファ・ワンヨリ、魔導エネルギー収束反応。何ラカノ攻撃行動ト推測」


 即座に、私のすぐ隣に浮かぶシルフィード・エッジ―……マルコが告げて、


「推奨:防御」

「っ! モード:イージス!」

「ノービスバレット!」


 私の身体を透き通ったエメラルドグリーンの球体が包み込むのと、それが起こるのとは、ほぼ同時だった。

 男の子が構える杖の先に白い光の玉が形作られたかと思いきや、それが私に向かってまっすぐに飛んできた。


「ひゃっ!?」


 思わず首をすくめる私の前で、私を包む障壁に光の玉がぶつかる。


 瞬間、パァン! と風船が割れるような音が鳴って、光の玉は粉々に砕け散った。

 ぶつかった勢いのままに、細かな魔力の残滓ざんしがキラキラと光りながら私の後ろへと流れていく。


「報告:防御二成功。ニューラルネット負荷限界時間マデ、残リ約9分10秒」


 ……負荷限界時間? 

 ……そうだ、私がシルフィード・エッジを全力で操れるのにも、限界があるんだ。

 ……どうにかして、制限時間内に勝負をつけないと!


 私の中に焦りが生じ始めた、その時。


「弾かれた!?」

狼狽うろたえない!」


 若葉色の目を見開く男の子に喝を入れて、戦士の女の子がバッと駆け出した。


「仕掛けるわ、援護して!」

「分かった!」


 戦士の女の子はそのまま、私の横に大きく回り込むようにして近づいてくる。

 その間も水色の髪の男の子は攻撃の手を緩めず、白い光の玉は次々とこちらに向けて飛んできた。


「ノービスバレット!」


―パァンッ! パァン、パァンッ!


 エメラルドグリーンの壁にぶつかって、ひたすらに弾け続ける光の玉。


「くぅっ……!?」


 迫ってくる女の子の動きに集中したいのに、させてもらえない。

 障壁を維持して! と心の中で命じるので精一杯だ。


 激しい破裂音が耳を叩く中、


「警告! 目標B-2ブラボー・ツー、左側面ヨリ急速接近中!」

「見ればわかるよ!」


 マルコの一言に思わず突っ込みを入れた時には、戦士の女の子は私の数歩先まで迫っていた。


 思った以上に動きが速い。

 低い姿勢で、獲物を狙うハヤブサが空を翔けるような勢いで突っ込んでくる。


―パァン、パァン! パァンッ!


 その間にも、容赦なく光の玉は撃ち込まれ続けて、


「あっ!? わ、わ……っ」


 ……どうしよう!? どうすればっ……!


 頭の中が一瞬、真っ白になった。


 それが原因だろう。

 私からの指示を失ったシルフィード・エッジの動きがふらふらと乱れて、障壁が消えた。

 おでこの先と頭の後ろを、シュンッ、シュンッ! と音を立てて光の玉が掠めていく。


「ひっ…!?」


 悲鳴が勝手に漏れた。

 思わず身体が硬く縮こまって、視線が下に向く。


「障壁、破った!」

「いい援護よ、マイルズ!」


 魔導士の男の子と、戦士の女の子。二人の勝ち誇ったような声が聞こえる。


 ハッとして顔を上げると、戦士の女の子がすぐ目の前にいた。

 右手に握った短めの剣を、大きく振り上げている。

 ぎらり、と、切っ先が剣呑な光を放っているのが見えた。


「かわいそうだけど―…これで終わりよ!」

「ッ!」


 突っ込んできた勢いのままに、剣が振り下ろされる。

 私の肩のあたりを狙って。


 訓練用の剣は殺傷力を抑え、斬ることができないように刃引きがしてあるというけれど…あんなのが当たったら絶対に骨が折れる。


 ……痛いのは嫌ッ!


 私は咄嗟に腕を抱えて、ぎゅっと目をつむって「自分を守る盾」の存在をイメージした。


 刹那。


―ギガァンッ!


「嘘っ!?」


 何かが激しくぶつかる音と、戦士の女の子の驚いたような声。


「?」


 予想していた痛みと衝撃がいつまで経ってもやってこないことに疑問を抱き、そっと目を開けると……。


 同時に目に映るのは、自身の周囲に再び張り巡らされた障壁と、それに攻撃を阻まれた相手の、驚愕に満ちた顔だった。


 勝利を確信して振り下ろしたであろう剣は、私の身体に届くことなく障壁にぶつかって、みしり、と軋むような音を立てている。


 ……モード:イージスが発動してる?


 さっき私が盾を想像イメージしたから?

 そっか、シルフィード・エッジにしてほしい動きをイメージするって、それだけでもいいんだ。


 脳内で盾のイメージを崩さないまま、ふと目線を上げる。

 翠玉色の透き通った障壁越しに、戦士の女の子と目が合った。


「…っ、魔力切れで、障壁が張れなくなったんじゃなかったの!?」


 少しだけ吊りあがった、勝気そうな栗色の目。それが、悔しげな感情を湛えている。


「え?」

「この…ッ、早くっ、敗けちゃいなさいよっ……!」


 何のことか分からず答えに窮した私に向けて、戦士の女の子が無理やりに刃を押し込もうとする。

 私より高い身長を活かして、上から体重をかけようとしているみたいだ。


 けれど、ギリギリと金属がこすれるような音がするだけで、刃は一向に前に進まない。


 私は相手の目をキッと見上げて、言葉を返す。


「そう簡単に、敗けません。 私、もっと強くならなきゃいけないんです!」

「んくっ…うぅう! 小さい癖に、生意気!」

 

 ……。


 ……む? なんですと?

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