第十一話 模擬戦を前にして…… ②

「も、模擬戦っ! よろしくお願いしまひゅ…」


 噛んだ。それも、思いっきり。


 恥ずかしすぎて、目の前の二人の顔が見られない。

 頬のあたりがカッと、熱くなっているのが自分でも分かる。

 そしてついでに、噛んだ舌がヒリヒリ痛い……。


 何もかも、この場をいきなりかつ強引にセッティングしたギルドマスターのせいである。


 ……おのれぇっ! ギルマスめぇえっ!


 私は何もかもを例の筋肉ダルマことギルドマスターのせいにして、模擬戦区画の上方に設けられている観戦席を、むふぅっ!、と見上げた。


 そこは丈夫なガラスに区切られていて、内側がどうなっているかここからでは良く見えないけれど、あの筋肉マスターが飴色の目を楽しげに歪めてこちらを見下ろしているのは、間違いない気がした。


 次いで、そこに一緒にいるであろうハルニアのことを思い出して、ここに入る前に言われたことを思い出す。


「いい?ユキちゃん。これはあくまで模擬戦。ちょっとした怪我なら後で治してもらえるけど、相手を殺しちゃうような威力の攻撃はダメよ? ユキちゃんはまだ、自分の扱う力の強さをよく分かっていないみたいだから…ちょっと手加減するぐらいでいきなさい」


 ……手加減。手加減だね。


 そりゃまぁ、そうだ。

 こんな地下で昨日みたく「ハーモニック・バースト!」なんてやったら、漏れなく全員生き埋めである。


 ほぅ、と息を吐いて気持ちを落ち着け、模擬戦相手の二人を見る。


 さっき紙がたくさん貼ってあるコルクボードの前にいた、私と同い年ぐらいの男の子と女の子だ。


 男の子は、さらさらと流れるような水色の髪と、若葉色の瞳。灰色のローブを身に着けて、長い銀色の杖を両手持ちにした魔導士ウィザードだ。


 女の子は、栗毛色の短い髪と同色の目。

 右手には短めの剣を持ち、左腕には木でできた丸い小ぶりの盾が括り付けられている。

 胸や肩に、革でできた防具を身に着けているのも見える。

 さっき説明されたギルドのクラス分け的には、軽装戦士ライトウォーリアと言ったところだろうか。


 魔導士の男の子より、戦士の女の子の方が背が高い。


 というか、私よりも頭一つか二つ分ぐらいは高く見える。こうして向き合って見ると、手足がすらっと長くて、モデルさんみたいだ。


 ……なんでだろう? 少し懐かしい気がする。この戦士の女の子、前にどこかで会った?


 今の私に、この子と会った記憶はないけれど。

 もしかしたら、消えてしまった私の記憶の中で、会ったことがあるのかな?


 そんなことを考えていたら、目の前の二人が私に向けてグッと武器を構えた。

 男の子の方はどこか弱気な感じがするけど、女の子の方はやる気に満ちた、私と戦う気満々な目をしている。


 ……うぅ、私、今から本当にこの人たちと戦うんだよね? 正直ほんとは、痛い思いをするのもさせるのも好きじゃないし……。


 しかも、相手は二人、こっちは1人だ。

 初戦がこれとか、スパルタが過ぎる気がする。


 ……これ、私、ホントに大丈夫かな。なんか、お腹痛くなってきた……。


 そう不安に思ったとたん、先程もらったハルニアの言葉が脳裏に蘇ってきた。


「相手は二人みたいだけど、あのギルドマスターと戦うよりマシでしょ?」


 そうだ、ギルマスよりマシだ。

 本当なら、今目の前に立ってるのは、あの筋肉ゴリラだったかも知れないのだ。


 ……ギルマスよりマシ、ギルマスよりマシ、ギルマスよりマシ、ギルマスよりマシ…。


 うん、目を閉じて何度も呟いていたら、本当にそんな気がしてきた。

 少しは落ち着いて戦えそうな気がする。


 それに…私は決めたじゃないか。アルがもうあんな怪我をしないで済むように、強くなるって。


 血まみれで倒れているアルの姿を思い出した途端、心がカッと熱くなった気がした。


 模擬戦なんかで怖気づいていられない。

 誰かに痛い思いをさせるのも、させられるのも嫌?

 何を言っているんだろう。

 好きだとか嫌いだとか、嫌だとか嫌じゃないとか、関係ない。


 私は、強くなるって決めたんだ。


 ―……だったら、戦わないと!


「マルコ。シルフィード・エッジのコントロールを頂戴ちょうだい

了解ラジャー精霊ノ刃シルフィード・エッジ、コントロール権ヲ譲渡。……ユーハブ」

「アイハブ」


 その言葉と同時に、私はお腹に力を入れて、自分に武器を向ける二人をぐっと強く見つめた。


 私の気持ちに応えるように、私の左右に二機ずつ、計四機浮かぶシルフィード・エッジが、その切っ先をぴしりと相手に向ける。


 私がまとう雰囲気が変わったからだろうか?

 目の前の二人の表情が一瞬硬くなって、ごくりと唾をのむ音が聞こえた気がした。


「両者とも、準備はできたようですね。開始前に、改めてルールを確認します」


 不意に、広く長方形な模擬戦区画全体に女性の声が響き渡る。さっき受付でお世話になった、コレットさんの声だ。


「まず、これは模擬戦です。相手の殺傷が目的の場ではありません。模擬戦中に負った怪我はギルドが責任をもって治療しますが、致死性の高い攻撃は控えてください」


「また、今回は武器を破壊、ないしは奪われた場合は敗北とみなします。実戦では武器を奪われたり壊されたりすることは、必ずしも敗北を意味しませんが、今回はそれを念頭に置いたうえで臨んでください」


 ……そうか、武器を狙えばいいんだ。


 多少出力の調整は効くと思うけれど、人間相手にモード:ニードルやアサルトを使って、直撃したらどうなるか分からない。

 コレットさんは「怪我はギルドが責任を持って治す」と言ってくれているけど、怪我の程度によっては治らないかも知れないし……。


 けれど、武器を狙う分には遠慮はいらない。思いっきり壊させてもらおう。


「それでは、模擬戦を開始します。両者構えて」


 1人こくこくと頷いているうちに、ついにその時がやってきた。


 目の前の2人が、こちらに真っすぐに武器を向けて身構える。

 さっきまでどことなく弱気で遠慮がちな雰囲気だった水色の髪の男の子も、いつの間にか雰囲気が変わって、真剣な面持ちでこちらを見据えている。


 ……私も頑張ろう。


「マルコ、やるよ。…あくまで練習、相手を傷つけ過ぎないようにね」

「了解。セット、演習プラクティスモード。前方、テリウム級、オルニス級魔導生物各一体ヲ攻撃目標二設定。識別コード、テリウム級・目標A-1アルファ・ワン、オルニス級・目標B-2ブラボー・ツー


 無意識のうちに、首から下げた不思議なペンダントを握りこんでいた。

 いつ、誰に貰ったものか分からないけれど…やっぱりこうしていると、なぜだか少し安心できる。


 そして、次の瞬間。

 コレットさんの気合いの入った一声が、その場に響いた。


「―……模擬戦、はじめッ!」

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