第十話 模擬戦を前にして…… ①
……やった、やったぁ、本物の鉄の剣よ!
こうしてやってきたギルドの模擬戦区画にて、メリアは生まれて初めて手にする鉄製のショートソードに上機嫌であった。
それは訓練用に刃引きをされたものであり、本来の殺傷力は失われているが、それでも念願の鉄装備だ。嬉しいものは嬉しい。
因みに、同じく鉄製の防具―……胸当てや肘当て、膝当てやヘルム、メリアが左腕に括り付けて使っているような小型の円盾も鉄製のものが訓練用に置いてあったが、それらは身に着けてみたら重すぎて動けず、逆に戦闘力が下がりそうだった。
全身鉄製武具への道は、金銭的のみならずフィジカル的にもまだまだ遠いようだ。
今は革製防具と、木の円盾(耐魔力加工済み)で我慢である。
「どう?マイルズ。似合う?」
そんな残念な状況を気にする様子もなく、メリアはすぐ後ろに立つマイルズに見えるよう、ビシ!っと剣を構えて見せる。
「あはは…うん、似合うよ」
対するマイルズは手にした軽銀の杖に興奮した様子もなく、少し緊張した面持ちであった。笑顔に元気がない。
……マイルズったら、初めての対人戦が怖いのかしら。
対戦相手はまだ準備をしているのか、この場に姿を現していない。
相手の姿を見る前から怖気づいているとは、男のくせに情けない。
……やっぱり、あたしがしっかりしないとダメね!
やれやれ仕方がないなぁ、と、メリアは肩をすくめて言ってやる。
「マイルズ、そんなに怖がらなくても大丈夫よ。相手はあたしたちと同じ、新人なんでしょ?」
「ちょ、怖…怖がってなんてないって!」
バッと頬に朱を散らして否定しに掛かるマイルズだが、こうも慌てるようでは逆に怪しい。
栗毛色の短髪を揺らし、メリアはくすりと笑う。
「じゃあ、しっかり顔上げて、いつもみたいに笑いなさいよ。これに勝てば、憧れの鉄の剣に、軽銀の杖よ」
「ホント、前向きだなぁ。……メリアは、練習とはいえ人と戦うの、怖くない?」
「んー……不安がないわけじゃないけど。でも、怪我をしてもさせてもギルドの治癒魔導士が治してくれるんでしょ? それじゃ、何も気にしなくていいじゃない」
だから、誰が相手でも思いっきりやればいいのよ!
堂々と胸を張ってそう話すメリアを見て、マイルズが若葉色の瞳をぱちくりさせている。
けれど、それは一瞬のこと。
マイルズはすぐに、お腹を抱えて楽しそうに笑い始めた。
「な!? 何がそんなにおかしいのよ?」
そんなに笑われるようなことはしていないつもりなのに、心外だ。
むぅ、とむくれていると、マイルズは笑いを堪え涙目になりながら、
「ごめん、ごめん。でも、メリアを見てたら、何かうだうだ悩んでる自分がバカらしくなってきて」
「……それ、褒めてるの? バカにしてるの? どっち?」
「褒めてるんだよ。……人間相手でも魔物相手でも、ある意味じゃ同じ。やれることを思いっきりやるだけ。だよね?」
彼の表情から迷いが消えたのを見て取って、メリアは笑顔で頷く。
と、その時であった。
二人の真正面、20歩ほど離れた先にある壁に取り付けられた扉が、ぎぎぃ、と重い音を立てて開き始めた。
相手の準備ができたのだと悟り、二人は揃って真剣な面持ちとなり、開いていく扉を見つめる。
「……え?」
だが、扉を開けて入ってきた相手の姿を認めると、メリアは思わず絶句してしまった。
マイルズもまた、ぽかんと口を開けて固まっている。
……この子が、模擬戦の相手?
二人の前に現れたのは、1人の少女であった。
体躯は細く、華奢だ。
身長も、メリアの頭一つか二つ分ぐらいは下に見える。
もしかしたら、二人より年下かも知れない。
瞳は空を写し込んだように青く、ハーフアップに纏められた髪ははちみつのような金色だ。
緊張のためか動きはぎこちなく、小さな口元がきゅっと引き結ばれていた。
メリアは少女の頭の先から足の先までをざっと観察するが、武器や防具の類は一切装備していないように見える。
身に着けているのは、白いブラウスに、赤と黒のチェック柄のプリッツスカート、首元にエンジュのリボン…防御力も何もない、ただの服だ。
しいて言えば、首に妙ちくりんな形のペンダントを下げているので、呪術的な力で守られているのかもしれないが。
……この子、確かさっき受付前で見かけた子よね。
そう、「不思議な魔物を連れているね?」と、二人で話題にしていた子だ。
見たことも聞いたこともない、白い矢じりみたいな形の空飛ぶ魔物を四体引き連れていたので、よく憶えている。
その四体の魔物は、今も少女の左右に二体ずつ、ふわふわと浮いて一緒にいる。
世の中には
……だって、メチャクチャ弱そうだし。
そんな少女だが、二人の十歩ほど前までカチコチした動きでやってくると、がばっと頭を下げて、
「も、模擬戦っ! よろしくお願いしまひゅ……」
噛んだ。それも、思いっきり。
恥ずかしさのためか、噛んだ舌の痛みのためか、少女は下を向いたままプルプルと震えている。
「……。どうしよう、メリア。僕、この子に全力で攻撃魔法打ち込める気がしなくなってきたよ」
その姿を見て、困り切った表情で言うマイルズ。
正直、その気持ちはメリアも分かる。
この少女、どう頑張っても冒険者には見えない。
本人が挨拶している以上、模擬戦の相手が彼女なのは間違いないのだろうが……街に住む一般人の少女がうっかり迷い込んでしまった、と言われた方がしっくりくる。
こんな弱そうな女の子に剣を振り下ろしたり、魔法を打ち込んだりするのは……何だか、弱いものイジメをしているようで気が引ける。
……でも、鉄の剣がかかってるんだもの。やるしかないわ!
「さっきまでの威勢はどうしたのよ。誰が相手でも、思いっきりやるって言ってたじゃない」
「うぅ…分かってるって」
メリアはぐっと気合いを入れて、マイルズは仕方がなさそうに、互いの武器を少女へと向けるのだった。
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