第九話 メリアとマイルズ ③

「お前ら、模擬戦の相手が欲しいみたいだな?」


 唐突に、背後から低く楽しそうな声が聞こえて、二人ははっとして振り返る。


 そこにはいつの間にやってきたのか、ギルドの制服に身を包んだ大柄な男が立っていた。

 かなりマッシブな体つきをしており、服の上からでも分かるぐらいに全身の筋肉が盛り上がっている。


 その獰猛そうな飴色の目と、異様に強そうな体躯に見覚えがあり、マイルズはさぁっと青ざめて姿勢を正した。


 しかし、メリアの方はその人物が誰なのか全く見当がついていない様子で、訝しげに彼を睨んで言葉を返す。


「…何? いきなり。あんた誰よ?」

「ちょ、ちょっと! そんな口の利き方したらダメだよ、メリア!」


 それが誰なのか分かっているマイルズは、大慌てでメリアの口を塞ぎにかかる。

 メリアはそれを鬱陶しそうに跳ねのけて、


「なによマイルズ、急にどうしたってのよ」

「メリア、この人が誰か分かってないの?」

「分かってないわよ。だから訊いてるんじゃない、あんた誰? って」


 メリアの不敬極まりない態度に、マイルズは心胆寒からしめる思いで震えあがる。


 目の前に立つ大男が気分を害していないか、ちらりと様子を伺うと、幸いにも彼はニマニマと機嫌よさげに笑ってこちらを見下ろしていた。


 こちらの反応を楽しむような目つきではあるが…どうやら、いきなり認識票を剥奪されたりすることはなさそうだ。


 マイルズは内心でほっと息を吐きつつも、メリアに耳打ちする。


「…ギルドマスターだよ」

「へ? ギルドマスター…って、誰が?」


 全く状況が呑み込めていない、きょとんフェイスのメリアである。


 ……メリアったら。認識票を貰ったときに顔は見てるはずなのに。


 多分、認識票を手にして冒険者になったことが嬉しくて、手渡してきた人間の風貌など気にしていなかったのだろう。


 そんな彼女にも伝わるよう、今度こそはっきりと、マイルズは言う。


「だから、目の間のこの人。ここのギルドマスターなんだってば」

「…へ?」


 メリア、一瞬の思考停止。その後、大男ことギルドマスターの顔を見上げて、再びマイルズに視線を戻し、頬を引きつらせて、


「嘘」

「…こんな状況で、嘘なんてつかないよ」


 次の瞬間、戦闘中かと見まがうほどの俊敏な動きで、彼女はすぐさまズザァ! と後ろに飛び退いた。

 そして玩具か何かのようにぎこちない動きで、へこへこと頭を下げ始める。


「ご、ごごごご、ごめんなさい! あなた…じゃない! あなた様がギルドマスター様ですなんてあたし知らなくて! と、とととんだ、ごご、ご無礼を」


 ……完全にテンパってる! ここは僕が、何とかしないと。


「僕からも、すみません。うちのメリアが、失礼なことを言ってしまって」


 メリアに比べると幾分か落ち着いた態度で、マイルズがすっと頭を下げる。

 そんなマイルズの視界の端、彼の斜め後ろで、


「…”うちの”メリアだなんて、気が早いって…」


 などとメリアが小声で漏らして、意味不明な理由でもじもじしているが、そんなことをしている場合ではないことを彼女は分かっているのだろうか。


 何だかやたらと不安になるマイルズだったが、目の前のギルドマスターはむしろそうしたこちらの反応が面白くて仕方がないらしく、くつくつと笑っている。


「くくく、良い、良い。むしろ変に取り繕わない態度の方が、俺には合っている」

「そ、そうなんですか?」

「あぁ。それよりも、俺が聞きたいのは別の話だ」


 獲物を見定める大型魔獣のように、飴色の瞳がすっと細まる。

 今度こそ揃って姿勢を正したメリアとマイルズ…二人の新人冒険者に向け、ギルドマスターはにんまりと笑って口を開くのだった。


「お前ら、新人同士で模擬戦をやってみる気はないか?」



 さて、冒険者ギルドの地下には、模擬戦を行うための一画がある。


 土がむき出しになった地面が大きく長方形に区切られているだけの簡素な空間で、障害物も何も置かれていない。

 四方は木製の壁に囲まれ、少し高い位置にガラス板に隔てられた観戦席がある。


 ただし簡素とはいえ、相応にお金と手間が掛かった空間でもある。


 まず周囲の壁は木製とはいえ、その表面には魔力を弾く加工コーティングが施されており、魔法攻撃の流れ弾が当たってもちょっとやそっとじゃ壊れない造りになっていた。


 さらに壁と天井には、一定量の魔力を封入することでしばらく灯火の魔法を放ち続ける魔道具が設置されており、日の届かない地の底であるにも関わらず、空間全体が常時明るいオレンジ色の光に包まれている。


 利用にお金が掛かるのも納得の出来である。


 ……よし、気合い入れてやるわよ。


 そしてメリアとマイルズの姿は今、その模擬戦のための空間に在った。


 しばし前、ギルドマスターから直々に出されたクエストを請けたからである。


 その内容は―…


「お前らと同じ新人で、実力を測ってみたい奴がいてな。少し付き合ってやってほしいんだ」

「無論、タダでとはいわん。俺からの依頼という形をとるから、報酬は出る。勝敗に関わらず、1人当たり50Gでどうだ?お前らも模擬戦の相手が欲しいようだったし、悪い話ではないだろう?」


 むしろ、良い話すぎて疑わしかった。世の中そんなうまい話がある? って感じだ。


 何か裏がありそうで怖い。


 メリアとマイルズが戸惑っていると、報酬が不満で渋っていると思われたらしい。


「ほほう? 1人当たり50Gじゃ不満か?」

「い、いえ」

「そういうわけじゃ…」

「構わんさ。冒険者たるもの、報酬にはがめつくなくてはな」


 ギルドマスターはガハハ! と笑うと、さらに報酬を上乗せしてきた。


「では、対戦相手にもし勝つことができたら、ギルドで模擬戦用に貸し出している武器…あれをお前たちにやろう。もちろん、刃引きなどしていない、ちゃんと使えるものをだ」


 飴色の瞳が、メリアが腰に佩く銅製のショートソードと、マイルズが手にする木製の杖を見下ろして、


「失礼かもしれんが、今のお前たちの装備より、うちの訓練用装備の方がよほど上位のものだからな」

「……模擬戦用に貸し出している武器って、どんなのですか?」


 自分たちが必死で誂えた装備をバカにされた気がして、メリアは少し尖った口調で尋ねた。

 マイルズは何も言わないが、眉に少し皺が寄っていてメリアと同じムッとした気持ちになっているのが分かる。


 だが返ってきた答えを聞いて、二人は納得せざるを得なかった。


「近接武器はすべて鉄製、魔導士向けの杖は軽銀だな。中堅程度の冒険者が使い慣れた装備に合わせてある」


 ……憧れの鉄の武器!


 メリアは、思わず声を上げそうになった。


 鉄製の武器と防具を揃えることは、メリアたち新米戦士にとって始めの目標の1つなのだ。

 だが鉄の武具は普通に揃えようとするとそこそこ高価であり、今のメリアたちでは逆立ちしても手が届かない代物……。


 それが模擬戦で相手に勝つだけでもらえるとなれば、ちょっとアヤシイ依頼とは言え乗らない手はない。


 因みに軽銀の杖は、普通に殴って使うには不向きだ。軽銀自体が、あまり丈夫な金属ではないらしい。

 だが軽くて取り回しやすく、何より魔力の伝導率が他の金属や木に比べて段違いに良くて、攻撃魔法を放つための媒体としては大変使いやすい。

 魔法主体で戦う魔導士にとっては、最適な武器なのだ。


 メリアと同じく、マイルズも軽銀の杖には興味をそそられているようだ。

 男性にしては細めの喉が動いて、ごくり、と鳴る音が聞こえた。


「その依頼、請けます!」


 メリアが目を輝かせて手を上げて、マイルズもまた、その隣でコクコクと頷く。


 

 ……かくして、メリアとマイルズ、新人冒険者二人は、冒険者としては誰も相手をしたことがない未知の存在―…古代兵器オルト=マシーナの調教師相手の模擬戦へと、駆り立てられることとなったのである。

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