第八話 メリアとマイルズ ②

「はぁぁ…こんなのであたしたち、ホントに遺跡冒険者ルインズエクスプローラーになれるのかな」


 メリアが物憂げに零した呟きを耳にして。

 マイルズも、思わず目を伏せて考え込んでしまう。


 ……遺跡冒険者ルインズエクスプローラー。ギルドにその実力を認められ、遺跡探索を許された者たち。


 メリアやマイルズのような新米冒険者にとっては憧れの存在であり、また、二人が冒険者を目指すことになったきっかけでもある。


 その昔、二人が暮らしていた農村に、1人の遺跡冒険者が立ち寄ったことがあった。

 彼は数日の間を村で過ごし傷と疲れを癒していったが、その間に村の子どもたちに遺跡での冒険譚を語って聞かせ、さらに快く滞在を許してくれたお礼にと所持していた遺物の一つを村に贈って去っていった。


 それは、硬い筒状の遺物であり、太陽の力を集め先端から強烈な光を放つことができた。

 魔力の有無に関わらず誰でも扱うことができ、灯火トーチの魔法よりも素早く確実に、筒についた凸部分を押し込むだけで発動できる。

 ”トーチ・スチック”と名づけられたそれはその後、村の秘宝として大切に扱われることとなった。


 村の子供の一員だったメリアとマイルズには、そんな遺跡冒険者ルインズエクスプローラーの姿がとても眩しく、カッコいいものに見えた。


 一部の大人たちは、「盗掘者と変わらない」と口さがなく言っていたけれど、そんなもの二人には関係なかった。


 どんな困難にも立ち向かい、打ち勝ち、誰も足を踏み入れたことのない遺跡から値千金のお宝を持って生還する。


 その姿に強く憧れ、いつか絶対に一緒に遺跡冒険者ルインズエクスプローラーになろうね! と、幼い二人は約束したのである。


 その想いは歳を経るごとに強くなっていき、つい先月のこと、二人はついに村を出た。


 しかし、それも無理からぬことであった。


 マイルズは家の、メリアは長女であったが、弟がいた。


 村のしきたりで、家の土地も財産も長男が世襲する。

 あのまま村に残っても、マイルズには兄の側仕えのようにして生きる未来しかなかった。

 メリアはどこかの家の長男に嫁がされることになったろうが、既にに心惹かれていた彼女には、到底受け入れられる話ではなかった。


 そうした村のしがらみから逃れ、自由に生きたいと願う以上、二人が村を出たことは当然の帰結と言えた。


 冒険者となって以降は、二人の遺跡冒険者ルインズエクスプローラーを目指す気持ちは益々強くなることとなった。


 なにしろ、通常のクエストと遺跡探索に纏わるクエストとを比較すると、報酬に雲泥の差がある。


 それだけ、遺跡探索には危険が伴うのだ。


 先述の通り、遺跡冒険者ルインズエクスプローラーはギルドからその実力を認められた選りすぐりの冒険者たち、言わばエリートだ。

 それでも遺跡探索に向かった者の中には、年に何人もの未帰還者が出ている。


 故にこそ報酬は高く、二人がいつも請けているウリボン討伐の依頼が一匹10G、クエスト達成ラインの四匹まで倒して1人当たり20G程度の報酬しかないのに対し、遺跡絡みの依頼となれば最低でも1人当たり1000Gは下らないと言う話だ。


 圧倒的格差である。


 もちろん、遺跡にはウリボルなんか比にならないぐらいヤバい魔物が巣食っているし、遺跡に向かう道中にも強力な魔物は現れる。

 賊徒が根城にしていたり、盗掘者と出くわす可能性もあり…仮に今の二人が遺跡探索に赴けば、魔物たちのおやつか、賊どもの慰み者にされるバッドエンドへ直行である。


 それでも、今の50倍近い報酬は魅力的過ぎる。憧れるなという方が無理なのだ。


 ……そのためには、今のままじゃ絶対ダメなんだ。


「せめて、対人戦の経験を積みたいね」


 思わず考えたことが口を突いて出て、メリアが「対人戦?」と首を傾げる。


 知らずうちに考えを漏らしていたことを恥ずかしく思いながらも、マイルズはこくりと頷いて、


「うん。遺跡探索を成功させるには、賊や盗掘者と戦う必要もあるから。今のまま魔物退治の経験を積んでるだけじゃ、ダメなんだ」

「え? 魔物が相手でも人間が相手でも、同じじゃないの?」

「……そんなわけないよ」


 メリアのとぼけた表情を見て、マイルズは心にガックシと重いものを感じた。


 ……やっぱり僕がしっかりして、メリアを守ってあげないと。


「あのさ、メリア。まず、人間には魔物と違って知性がある。武器も防具も身に着けてるし、罠も張ってくるかもしれない。連携もしてくる。ある意味でいえば、魔物よりも人間の方がよほど凶悪なんだよ」

「うーん……言われてみれば、そうかも?」

「それに、自分たちと同じ”人の形をした者”に攻撃するのって、慣れがいると思わない?」

「んー…」

「今のメリアは、他の人に躊躇なく剣を振り下ろせる?」


 メリアが目を閉じて、唸っている。

 恐らく、その瞬間を想像していたのだろう。

 やがて彼女は、苦々しい表情で目を開けて、


「…できなくはないけど、なんか嫌。躊躇せず思いっきりできるかというと、分からないかも」

「僕もきっと、いざ人間相手に魔法を撃たなきゃいけないってなっても、少し迷ってしまうと思うんだ」


 そしてその一瞬の迷いが、戦いの場においては命取りになる。


 それは、言わずとも伝わっていたらしい。栗色の瞳に真剣な色を湛えて、メリアが頷く。


「……練習が必要ね」

「そういうこと」


 そんな冒険者の需要に応えるためだろう、実は、冒険者ギルドには模擬戦制度がある。

 相手を探してきて、申請を出せば、模擬戦闘のための戦場と装備を貸し出してくれるのだ。

 さらに怪我をした場合でも、ギルドがキチンと治癒魔導士ヒーラーを用意して治してくれるというオマケつき。まさに至れり尽くせりである。


 ただし、利用するにはそれなりにお金がいる。

 こんな新人冒険者の相手を無料でしてくれる人なんてそうそういないから、訓練相手を探すにもお金がいる。


「何にしても結局、必要なのはお金かぁ」

「そうね…。今日も、ウリボル狩って、解体して…少しでも稼がないと」

「「はぁぁ…」」


 二人揃って深く息を吐いた、その時であった。


「お前ら、模擬戦の相手が欲しいみたいだな?」


 唐突に、背後から低く楽しそうな声が聞こえて、二人ははっとして振り返った。

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