第七話 メリアとマイルズ ①

 さて、その頃。

 冒険者ギルドの片隅、クエストボードの前では。


「ねぇメリア、やめとこう? いつものウリボル討伐にしとこうよ」

「だから! いーやーだって言ってるでしょ!」


 新人冒険者であるメリアとマイルズの二人が、あれこれと言い合っていた。

 どうやら、今日請ける依頼を何にするかで揉めているようだ。


 栗毛色の短い髪をしきりに揺らしながら、依頼書片手にメリアがぷんすこしている。


「冒険者になってから何日もたつのに、あたし、まだウリボルしか倒してないのよ!? 来る日も来る日も、毎日毎日ひたすらずーっとウリボル退治…ウリボルを倒しては解体して、倒しては解体して…こんな生活、もう嫌なの!」

「そんなこと言ったって、仕方がないよ…」


 対するマイルズは、自身の身長に近い長さの杖を胸の前で両手持ちにし、ため息交じりにメリアを見る。

 さらりと流れる水色の髪は少し長めで、どこか気弱な雰囲気も相まって女の子のようにも見えるが、彼は立派な男性である。


「僕たちみたいな新人冒険者でも倒せて、毎日討伐依頼がある魔物なんてウリボルぐらいしかいないんだもの」

「んなこた分かってるのよ! でもあたしは、もっと強い魔物と戦いたいの!」

「そりゃあ僕だってそうだけど…だからってスパイン・キャスターは無理だよ」


 メリアが片手に持つスパイン・キャスター討伐の依頼書をちろりと見て、マイルスは精一杯抗議する。


「それの推奨ランク、C以上だよ? Eランクの僕らじゃ倒せないよ」

「そんなの、やってみなくちゃ分からないじゃない」

「やってみなくても分かるよ…。相手は空を飛ぶんだよ? どうやって攻撃するのさ」


 スパイン・キャスターは、人間の大人以上の体躯を持つ大きなハチの魔物だ。

 群れで行動し攻撃性が高い上、空を自在に飛び回る機動力も持つため、白の認識票を手にしたばかりの新人冒険者にはいささか以上に危険な相手である。


 マイルズの指摘にメリアは唇を尖らせて、


「あんたの攻撃魔法があるでしょ?地面に落としてくれれば、あたしが何とかするわよ」

「無茶言わないでよ…空飛んでる相手に、攻撃魔法なんか簡単に当たらないって」


 魔導士としてド新人のマイルズは、杖先に魔力を集中させて攻撃魔法を形成するにも少々時間を要する。

 冒険者ギルドの戦闘訓練チュートリアルで基礎的な攻撃魔法については習得しているが、とてもではないが空を飛び回る相手に当てられるような練度はない。


 因みに、メリアはその堪え性のない性格に加え、生まれ持った魔力もそう高くはないため、魔法は苦手である。

 代わりに同年代の男女に比べ発育がよく、体格に恵まれていたため、小ぶりの盾と剣を持つ軽装戦士としてギルドに登録していた。


 そんな有様では当然、上空からの毒針投射や噛みつき攻撃を多用してくるスパイン・キャスターには手も足も出まい。

 正直、彼らの縄張りに入り込むだけでも自殺行為である。


 にも関わらず、むすぅ、と頬を膨らませて納得しないメリアに、マイルズは小さく息を吐いて言った。


「…メリア、スパイン・キャスターに敗けた冒険者がどうなるか知ってる?」

「どうなるってのよ?」

「スパイン・キャスターは、倒した獲物をグチャグチャに噛み砕いて、肉団子にする性質があるんだって」

「……」


 自分がグッチャグチャの肉団子にされる姿を想像したのだろう、メリアの頬がひくりと引きつった。

 マイルズはメリアが身に着ける防具を見て、さらに畳みかける。


「奴らの大あごは鉄すら噛み砕くらしいから、革の防具や木の盾は役に立たない」

「う…」

「毒針で麻痺させられた後、意識が残ったままで身体を噛み砕かれるんだ。身動きが取れない状態で数匹に纏わりつかれて、手足の先からバキバキグチャグチャと少しずつ」


 メリアの顔色が悪くなってきた。両手で身体を抱えるようにして、腕をさすっている。

 もう一押しだろう。


「唾液と一緒に混ぜ合わされて、防具も服も骨も肉も全部一緒に肉団子にされた後は、巣まで運ばれて大きな白い芋虫みたいな幼虫の餌に…」

「ああああ、もう! 分かった! 分かったわよ!」


 両手で耳を塞いでぶんぶんと頭を振って、メリアがついに折れた。

 彼女は目の前のコルクボードに依頼書をピンで乱暴に張り付けなおすと、ちょっぴり涙目になって、


「ほら、これでいいんでしょ!? マイルズの意地悪っ!」

「意地悪って…まぁ、諦めてくれたならいいけど…」


 意地悪呼ばわりされるのは心外だが、メリアが分かりやすく怖がりな性格をしていてくれて良かったとマイルズは思う。


「…で? 今日は何するのよ。結局また、ウリボル退治…?」


 だが、メリアにげんなりとした表情で改めてそう問われると、少し悩んでしまう。


 ……実際、このままずっとウリボル退治をしていればいいとは、ボクも思わないんだよね。


 ウリボルのような小型かつ下級の魔物の討伐クエストは、確かに安全にこなせるが、あまりにも実入りが少ない。

 毎日の食費や滞在費(格安の冒険者宿ではあるが)まで含めると、収支はほとんどプラマイゼロになってしまう。


 村を出るとき、メリアと一緒に親に頭を下げまくって少しだけ出してもらったお金は、二人分の装備を揃えただけで全部なくなってしまった。


 それだって、メリアの革の防具に、耐魔力加工コーティング済みの木製の円盾、銅製のショートソード、マイルズの初級魔導士向けのローブに木の杖…。


 お世辞にも豪華とは言えない、見習い冒険者基本装備セットなのだけれど。


 冒険者として活躍するなら、お金を溜めてもっといい装備を買いたいと思う。

 けれど、このままじゃそんなお金、絶対溜まらない。


 とはいえ、今はとにかく下級の魔物と戦って、少しでも強くなれるよう日々経験を積んでいくしかない。

 それが現実なのは、分かる。


 ……でも、こんな調子で、僕らはホントに夢を叶えられるのかな…?


「うん、そうだね…」


 漠然とした不安を胸に頷くと、彼女も同じような気持ちだったのだろう。

 メリアは深々とため息をついて、こう零した。


「はぁぁ…こんなのであたしたち、ホントに遺跡冒険者ルインズエクスプローラーになれるのかな」

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