第六話 この人が、ギルマス!?

「ちょぉぉっと待ちなぁ!」


 …と、そこへ。


「話は聞かせてもらったぜ。中々、面白そうなヤツが来てるじゃねぇか」


 受付カウンターの奥、お姉さんの後ろから低い声が聞こえたかと思うと、男の人が一人、その場にぬっと姿を現した。


 ガッシリと筋肉のついた肢体を持つ、とてもガタイのいい男の人だ。

 身長も大きくて、ほっそりとした体躯の受付のお姉さんと並ぶと、そのゴリラっぷりがより際立って見える。

 壁にパンチとかしたら、拳の痕がそのまま残ったりしそうだ。


 ギルドの制服を着ているから、冒険者ギルドの職員さんなのだろうけれど…ギルド職員というより、むしろ現役の冒険者ですと言われた方がしっくりくる容貌。

 髪は短く刈り上げられた金髪で、飴色の瞳がギラリと鋭く光ってこちらを捉える。


「ほうほうほう、モーゼルのジジィが寄こしてきた新人ってのはコイツのことか」


 頭の天辺から足の先っちょまで、じっくりと値踏みするような視線で見られる…。


 …正直、とても苦手な雰囲気の人だ。


 私が思わず、一歩後ろに下がろうとしたその時、


「…何しに出てきたんですか? ギルドマスター」


 受付のお姉さんが、ため息交じりに言って傍らのキン肉マンをじろりと見上げた。


 ……って、ギルドマスター!? 今、ギルドマスターって言った!?


 思わず驚いてしまって、私もそろってキン肉マンことギルドマスターを見上げる。


「何しにってなぁ、そうつれない態度をとるなよ、コレット」


 ギルマスらしい男はガハハと豪快に笑って、受付のお姉さんの肩をバンバンたたく。


「可愛い受付職員が困ってるみたいだから、上司の俺がこうして出てきたってワケじゃねぇか」

「…ギルドマスターは溜まりに溜まった書類仕事から逃げてきただけでしょう? あと、気軽に触らないでください。セクハラです」

「コレット、お前…ホント俺には容赦ねぇなぁ…」


 名を”コレット”と言うらしい美人の女性職員にけんもほろろにあしらわれて、ちょっとしょげた感じになるギルドマスター。


 ……うわぁ、本当にこの人がギルドマスターなんだ…。


 こういう無遠慮に距離を詰めてくる、ギラギラした目の男の人、私はとても苦手だ。


 正直、あまりお近づきにはなりたくないけれど、冒険者ギルドに登録したら、この人は言わば上司に当たる存在になるのだろうか。


 ……なんだか、一気に冒険者になりたく無くなってきたよ。


「で? お前、名前は」

「…あ、はい…ユキです」


 飴色の目が再び私とシルフィード・エッジの姿を捉え、見下ろす。

 まるで獲物を見つけた捕食者のような光を放つその目に、私は思わず首を竦めて後退りする。


「あ、あの…」

「ふぅむ」


 ギルドマスターはニヤリと口角を釣り上げ、今度はハルニアへと目線を移した。


「ハルニア、お前またずいぶんと変なのを拾ってきたな」


 ハルニアは肩をすくめて、


「拾ってきたなんて、そんな動物みたいな言い方しないでもらえる? ユキちゃんは人間よ」


 ……ほんとだよ!しかも”変なの”って、初対面で失礼な!


 むふぅぅっ! と内心で怒って、私は控えめに、むっとギルドマスターの顔を見上げた。


「はっはっは、それはそうだなぁ。すまんすまん!」


 ギルドマスターはそう笑って言うけれど、これは間違いなく謝る気がまったくないやつだ。私の中で、ギルドマスターへの好感度が大きく下がった。


「それはともかく、登録時のランクをどうするかって話だったな? どぅれ、俺が手を貸してやろう」


 そんなギルドマスターだが、今度は握った拳を反対の手で包み込んでパキポキやって、妙なことを言い始めた。

 両腕の筋肉が、制服の上からでも分かるぐらいに盛り上がって、ムキムキピクピクしている。


 一体、何をするつもりなのだろうか。無性に不安になってくる。


「ギルドマスター? まさかと思いますけど、あなた自身が模擬戦で相手をして見定めよう、なんて言い出しませんよね?」


 私の不安を体現するかのように、受付のお姉さんことコレットさんが胡乱げな目でギルドマスターを見上げて、そんな物騒極まりないことを言い始めた。


 ……も、模擬戦!? この人と!?


 当然、私は震えあがる。


 客観的に見れば、私は既に遺跡で冒険者狩りを倒せるほどの実力者なのかもしれないけれど、あの時実際に身体を動かして戦っていたのは私じゃない。

 よくわからないけれど、別の『わたし』だ。


 今、ここにいる私は誰とも戦ったことがない。


 もし模擬戦をやるならこれが初戦となるわけで、初めて戦う相手がこんな「筋肉モリモリ、マッチョマンの変態」だなんて、冗談じゃない。

 私の細っこい身体なんて、パンチ一発で壁のシミにされてしまいそうだ。


 青くなって震えている私を見下ろして、ギルドマスターは不敵に笑い、


「そんなわけないだろう? 調教師テイマーなんて貴重な才能を持った新人をこの手で壊すほど、俺はバカじゃない」

「そうですか? でも…処理しなきゃいけないと分かっているはずの書類仕事を放棄して、勝手に現場に出てくるぐらいにはバカですよね?」


 コレットさんの笑顔が、ひんやぁ~りとしたものに変わる。


「……。その件は今は置いておいて、だ。新人の実力を見るのに、模擬戦って案は悪かねぇ。そなへんに丁度いい相手は…」


 ギルドマスターは露骨に視線を反らすと、あたりをぐるりと見廻し始めた。

 まるで、次の獲物を探す肉食獣みたいだ。


「お、いるじゃねぇか」


 そしてその獲物は、すぐに見つかったらしい。

 ギルドマスターはカウンターから出ると、のっしのっしと歩き始めた……。

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