第二話 モーゼルさんのスーパーお説教タイム ②

 ……モーゼルさん、許してくれないかな。


 思わずそんなことを考えながら、触れた右手でぎゅっとペンダントを握りこむ。


 一瞬、ペンダントがチカリと光った気がして―…次の瞬間。


「ッ、おいッ!」

「ふぇっ!?」


 突然のことだった。

 机の対面に座っていたモーゼルさんが急に立ち上がり、片手をびゅっと伸ばしてきた。


 その手が私の右腕を思い切り掴んで、


「痛っ…!?」


 私は思わず悲鳴を上げ、表情を歪めた。

 右腕にかけられる力は、皮膚が裂け、骨が折れてしまうのではないかと思うほどに強い。


 だが顔を上げ、目の前に迫ったモーゼルさんの顔を見あげた瞬間、そんな悲鳴も引っ込んでしまった。


 …ものすごく、怒っている。今までとは比べ物にならないぐらいに。


 まなじりは大きく吊り上がり、眉間には深く深く皺が寄って。

 こちらを見下ろす眼差しには、どこか相手を侮蔑するような感情まで混じっていた。


「ひ―…っ!?」


 ワケの分からない相手の豹変に、言い知れようのない恐怖がこみ上げてくる。


 と同時に、私の両隣に控えていた四機のシルフィード・エッジが一斉に動いた。

 マルコが、私を護ろうとしているのだ。

 シルフィード・エッジたちは機械的に整った動きでモーゼルさんの首筋目掛けて飛び掛かり、その切っ先からエメラルドの刃を生やして―…


「マルコ、止めてっ!!」


 私の悲鳴みたいな声での指示に反応して、その場でぴたりと動きを止めた。


 あわや、モーゼルさんの首にエメラルドの刃が突き刺さる寸前であった。


 対するモーゼルさんは、そんなシルフィード・エッジの動きにも全く動じず、私の右腕を掴んだまま真っすぐにこちらを睨んで、


「お前、どういうつもりだ?」

「え、その…どういうつもりって、何が…?」


 自分の行動の一体何が相手をそんなに怒らせたのか、全くもって分からない私はそう答えるしかない。


 そんな私をじっと睨みつけたまま、シルフィード・エッジに刃を突き付けられたまま、モーゼルさんは続ける。


「俺は職業柄、その手の魔法には敏感でな。それがどれだけ巧妙で微弱なものであれ、掛けられそうになればすぐに気が付く。誤魔化しは効かんぞ」

「は、え? 私、今、魔法を使ったんですか?」


 ますます混乱する。


 アルやハルニア曰く、私は病気か何かの影響でコアから魔力が全く出せず、魔法は使えないはずだ。

 でもモーゼルさんの口ぶりだと、私は今、何らかの魔法を使おうとしたっぽい…?

 

 詳しく聞いてみたいが、私が魔法を使えないことは周囲にバレてはいけないと言われている。

 おっちょこちょいな私のことだ、ヘタに踏み込めば墓穴を掘るようなことになりそうで、怖い。


「………」

「あの…?」

「これは…無自覚か…」


 オロオロする私を見下ろして、深い、深いため息を吐いた後。

 モーゼルさんの手が、私の右腕からすっと離れた。

 どういうわけか、その表情は幾分か柔らかくなって、先程までの般若のようなものでは無くなっている。


「へ?」

「…嘘をいてるかどうかなんざ、目の動きを見てりゃ分かる。それとそろそろ、こいつを何とかしてくれないか?」


 自分の首元に魔力の刃を突き付けるシルフィード・エッジたちを、ちょんちょん、と煩わしそうに指さすモーゼルさん。


「あっ、ご、ごめんなさい! マルコ、もういいから、こっちに戻って」

「…了解ラジャー


 エメラルドの刃がすぅっと消えて、シルフィード・エッジたちが私の両脇に戻ってくる。

 その様を難しい顔で見ているモーゼルさんに、私は尋ねた。


「あの、それよりも私、さっき魔法を使おうとしたって…?」

「…今のところ、大きな害になるようなレベルでもなし…こいつの場合、ヘタに自覚させるのはかえって危険、か」

「えと…?」


 顎に手をやって目を伏せたモーゼルさんが、何かをぼそぼそと言ったようだが…小さすぎて聞こえなかった。

 今なんて言ったんですか、と訊こうとしたところで、


「いや、もう気にせんでいい。だが、その淫魔みたいな真似は、もう二度とするな」

「んなっ、い、い、いん…っ!?」


 …いくら世情に疎い私でも、これはわかる。

 淫魔ってあれだ。えっちな魔物のことだ。


「ひ、ひどいっ! 私が一体何をしたって言うんですかっ!?」


 思わずかぁっと顔が熱くなる。

 一応私も年頃の女の子だと言うのに、言うに事欠いて淫魔だとは酷すぎる。

 椅子から立ち上がり、両こぶしを胸の前でぎゅっと結んで抗議する私を他所に、モーゼルさんは「ううむ…」と小さく唸って、


「だが、こいつはどうするか。正直、衛兵隊こちらだけでは目が行き届かんし、かといってハルニアだけに負わせ続けるのも…」

「ちょっと、モーゼルさん。聞いてますか?」

「っと、ああそうだ。丁度いい連中がいるじゃねぇか」


 不意に、モーゼルさんの口角がにぃっとつり上がったように見えた。

 その表情がとても悪い大人のものに見えて、私は思わず一歩後ずさる。


「あ、あの、モーゼルさん…?」


 そんな私の肩にぽんっと手を置いて、先程までとは打って変わったとても良い笑顔で、この街の衛兵隊長さんは言った。


「お前、冒険者になれ」

「…へ?」

 


 かくして、モーゼルさんの謎の計らいにより、私は冒険者を目指すことになってしまった。


 モーゼルさんが言うには、冒険者になってランクとやらが上がれば、社会的な信用が得られるらしい。

 そうすれば、よっぽどのことでもない限りは、街から追放されるようなこともなくなるんだとか。


 そしてその「よっぽどのこと」を私がしでかした時には、なんと冒険者ギルドがその責任の一部を負ってくれるんだとか。


 …面倒な仕事や責任を他に丸投げしようとする、汚い大人のやり口の一端を見てしまったような気がする。


 私の使った(?)魔法云々についても、教えてくれるどころか「他言無用!」と口止めされてしまったし…私の中のモーゼルさんへの好感度が、ちょっと下がった。


 とはいえ、だ。

 実際、アルもやってる「冒険者」って仕事がどんななのか興味はある。


 それに、私も冒険者になって経験を積んでいけば、”ただ護られるだけの存在”じゃなくて、むしろ誰かを護れるだけの強さを手に入れられるかも知れない。


 ……うん、頑張ってみようかな。

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