A.D.2101.09.21 ②
私は、
どこにでもいる14歳で、私立時掛台中学校に通う二年生。
私は、ゲームが好きだ。
もっと詳しく言うなら、友だちがよく誘ってくれるフルVRのMMORPGやなんかじゃなくて、私のペースでのんびりやれるハーフVRのRPGが好きだ。
……フルVRは、専用の機械を頭だけじゃなくて手足にも着けて、五感すべてをVR世界に繋いで遊ぶゲーム。
……ハーフVRは、ゴーグルとかメガネみたいな機械を使って、視覚と聴覚だけ繋いでコントローラーで遊ぶゲームだよ。
本を読むのも楽しいけれど、ゲームの方が、物語の登場人物に成り切れたり、一緒に戦ってる気分になれる。
自分自身がお話に入り込んで、強敵と相対して「ぐぬー! こいつには絶対負けないぞ!」って気持ちで遊べて、勝ったときに「ぬぉー! やっつけたぞー!」って興奮できるのがすごくいい。
因みに一部の大人たちは、最近のとってもリアルなゲームを「
剣や魔法で戦ったり、銃で撃ち合ったりするのは、ゲームの世界だからこそいいのだ。
ゲームの世界での出来事を現実世界でも体験してみたいなんて、全然思わない。
だって、現実に剣で斬り合ったり、魔法を打ち合ったりしたら多分痛いし、怖いし。銃で撃たれたら死んじゃうし。
誰だって、痛いのも怖いのも、死んじゃうのも嫌なはずだ。
だから、それを現実にやりたい! なんて思う人は滅多にいないと思う。
少なくとも私は、フルVRのMMOですら敵の攻撃にビビりまくって友だちみんなに迷惑かけたぐらいだし……。
一回死んじゃったら即終了なオワタ式の現実世界で、痛くて怖くて死ぬような思いをしたいとは全く思わない。
……でも、ゲームで遊んだり、物語を読んだりしながら、妄想することはある。
もし自分がこの世界の住人だったら、どんな生活をしているんだろう? とか。
もしこの世界に転生するとしたら、どんな能力を手に入れて、どんなふうに活躍しよう、だとか。
それと必殺技とか、奥義とか。
自分だけの必殺技とか、自分にしか使えない秘密の奥義とかあったら、もうそれだけでカッコいいよね!
☆
そんな私なので、その日学校へ向かう無人運転のバスの中でも、頭の中にあるのは昨晩やったゲームの続きに関することばかりだった。
最近ハマっているのは、悪辣な大富豪の商人に妹を奪われたお兄さんが、妹を取り戻すために奮闘する姿を描いたRPGだ。
……昨日はついに、妹ちゃんが閉じ込められてる館の場所を突き留めて、仲間と一緒にいざ突入だ! ってところまで進めたんだよね。
今までの演出から見て、囚われた妹ちゃんの近くには敵の首魁である悪徳商人がいるはずだ。
おそらく、ボス戦として戦うことになるだろう。
その悪徳商人がそれがもう嫌なヤツで、私は今からやっつけるのが楽しみでしょうがない。
可愛い妹ちゃんに嘘を吹き込んだり催眠術をかけたり、お兄さんと仲間たちを仲違いさせようと陰謀を張り巡らせたり……。
今まで散々やりたい放題やってくれたせいで、私はずっと「むふぅぅっ!」とモヤモヤした気持ちを溜め込んでいたのだ。
……今日という今日は、あのガマガエルみたいな顔をボコボコにしてやるんだからっ!
そのためにはどういう作戦で挑むべきだろうか? と考える。
ネット上には便利な攻略情報がたくさん溢れているけれど、私はそういうのを一切見ずにゲームを進めるので、どんな敵が出てくるのか全く分からない。
……多分、悪徳商人本人と、あいつがお金で雇ったスゴ腕傭兵がでてくるんだよね。
今までのお話の流れからして、傭兵は前衛職で、悪徳商人本人は後衛の魔法職だ。
セオリー通りに仲間の重騎士を盾にして、前衛で戦士の主人公と、後衛の魔法使いの女の子、ちょっとニヒルな銃使いの三人で傭兵を倒してから、悪徳商人をボコる?
いや、それとも、いっそ銃使いの狙撃スキルで悪徳商人を直接倒す?
あのイヤらしい悪徳商人のことだ、うざったい状態異常スキルの一つぐらいは持っていそうだし、それも警戒しておかないといけない。
……でも最後は、やっぱりお兄さんの必殺技「ヴァニシング・ブレード」でトドメを刺したいな。そういうのって大事だもん。
そんなことをあれこれと考えていたら、左手首に巻いていた腕時計型の端末がぶるりと震えた。
誰かからのメールだ。
誰からだろう? と、小さな画面を右手の指で軽く叩く。
同時に、空中にホログラムで文字が浮かび上がり、差出人の名前が表示される。
……お母さんからだ!
まだバスの中で周囲に人がいるにも関わらず、思わず「うひっ!?」と声が漏れた。
慌てて口元を抑えて、周囲を見廻す。
周りに座ったり立ったりしていたスーツ姿のおじさんや、制服姿の女の子たちが、一瞬不思議そうな顔でこちらを見た後……。
すぐに興味を失って、自身の腕の端末に向けて目を反らすのが見て取れた。
どことなく気まずい気分になりながらも、私はおっかなびっくり宙に浮かぶ文面を目で追っていく。
『ちゃんとバス乗れた? 今日は流星群の日なんだから、お父さんとの約束も忘れないでね? 綾ちゃんや琴音ちゃんと遊ぶのもいいけど、今日は早めに帰ってこないと、またお父さんが拗ねるわよ』
……よかった、メールでまでお説教が追いかけてくるかと思ったよ。
私はほっと息を吐きながら、思い出した。
……あぁそうだ、今日は流星群の日だったっけ。
それの正しい名前は確か、シュペーリア流星群。
今日の夜から翌朝までにかけてこの
数百年に一度あるかないかの規模ということで、ネット掲示板やニュースは最近、この流星群の話題で持ちきりだった。
私たちが住んでいるような都市近郊の明るさでも見られる可能性が高く、学校の友だちも、私の両親もみんな楽しみにしていた。
特にお父さんのワクワク具合がすごくて、「優希と
……正直私はゲームしたり綾や琴音と遊んだりしたいけど、あんまり適当に扱うと、お父さん拗ねるんだよね。
仕方ないな、と苦笑しながらも、私はお母さんのメールに『わかったよー』と返事を書いた。
☆
その日の夜は、家族三人でベランダから空を見上げて過ごした。
私の家、なんの変哲もないマンションの三階で。
転落防止の柵に、三人並んでもたれかかる。
左にはお父さん、右にはお母さん。
秋口の夜は風がとても心地好くて、さわりと肌を撫でていく感触に、思わずが頬が緩んだのを憶えている。
じっと夜空を見上げていると、視界一杯の黒々とした空間に、一本、また一本と光の線が走っては、次々と消えていくのが見えた。
人生で初めて目にする、星の雨。
とても儚くて、美しかった。
なんだか不思議な、胸の奥底がきゅぅっと締め付けられるような光景だった。
「数百年に一度の夜空をこうして家族と見られるなんて、俺たちは世界一の幸せ者だな」
お父さんが嬉しそうにそう言って、「いきなり恥ずかしいこと言わないで」とお母さんが照れていたのを憶えている。
「そうだよ、恥ずかしいよっ」
他人に聞かれたら身もだえしそうなセリフをさらっと言えるお父さんを、私もお母さんと一緒になってぺしぺし叩いた。
みんな、笑っていた。
だって、私もお母さんも、同じ気持ちだったから。
……ううん。
……あの日、夜空を見上げた人たちはきっと、みんな同じことを思っていた。
数百年に一度の夜に、空を見上げていられる自分は、なんて幸運なんだろう、と。
お父さんもお母さんも、私も、綾も琴音も、
世界中の誰もが、知らなかったんだ。
……それが、すべての始まりだったなんて。
ルインズエクスプローラー ―冒険者アルと遺跡の少女―
間章 追憶 ―Memory01― 【完】
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