第二十二話 お説教、ふたたび…
「おかしい…」
私の前には今、衛兵隊長のモーゼルさんがいる。
場所はもちろん、衛兵隊詰め所。
四角い机を挟んで真正面に座るモーゼルさんの眉根には、痕が残ってしまうんじゃないかと心配になるほどに、くっきりと
彼は酷い頭痛を堪えるように片手でこめかみを抑えると、
「おかしいぞ? 俺は今朝、確かにお前をここから送り出したはずなんだが…俺の記憶がおかしいのか? 俺が間違っているのか?」
「あ、いえ…モーゼルさんの記憶に、間違いはないです…」
椅子に座ってしょんぼりと肩を落とした私に、モーゼルさんは続けて問いかける。
その顔には、目の前の現実を信じたくない、と言った感情が露骨に現れていた。
「…ならなぜ、お前がここにいる?」
「え? えーっと…」
何と答えれば極力怒られずに済むか、私は必死に考える。
背後に立つアルとハルニアの二人を、助けを求めるようにして見るけれど、アルはむすっとしたまま、ハルニアはどこか凄みのある笑顔を浮かべたまま黙っていて、とても助けてくれそうにはない。
かといって、やらかしたことをそのまま話せば、朝と同じ長時間のお説教コースまっしぐらだ。
「えと、その…」
どうしよう、どうしよう、と悩んだ末、私が返した答えとは―…
「な、なんででしょ~??」
ユキ、わかんなーい☆彡
こてーん、と首をかしげて、片手の人差し指を立てて自分の頬へタッチ。
それから「てへっ」と自分の中でできうる限りの可愛い笑顔を浮かべて、見上げるようにしてモーゼルさんの顔を見た。
ハルニアは「男の人は、可愛い女の子のお願いを聞きたくなるもの」みたいなことを言っていたし…私だって、頑張れば美少女っぽく見えなくもないはずだ。
上手くやれば、「こんな可愛い子にお説教なんて無理だ!」ってなるかも知れない。
……ふふふっ、どうだモーゼルさん!
……これぞ奥義ッ! おとぼけ上目遣いのポーズ!!
「…」
そんな私を見て、モーゼルさん、頬をぴくぴくさせて固まる。
口角が微妙に上がっているように見えるけれど、その目は全く笑ってない。
あれれ?なんか、考えてた反応と違うぞ?
…と、私が演技でも何でもなく小首を傾げていると、
「…そうか、そうか。お前はよっぽど、俺の説教が気に入ったようだな?」
「え?そんなこと私言ってな…」
「ハルニア、こいつは今日の夕方ごろまで詰め所で預かる。いいな?」
私の抗議を無視したモーゼルさんが話を振って、ハッとしてハルニアを振り返ると、
「えぇ、もちろん。たっぷりお説教してあげてください」
「ハルニア!?」
ハルニアは、それこそ世界中の男性を虜にしそうな魅力満点の笑顔で頷いた。
それからアルを連れて、さっさと詰め所の説教部屋から出ていってしまう。
「え、ちょ、待って」
「ユキちゃん、夕方ぐらいになったら迎えに来るから、しっかり反省してらっしゃい」
「待っ、アル、助け…」
「…。頑張れ」
「ちょっ…」
私は慌てて手を伸ばすけれど、二人はそそくさとドアをくぐって行ってしまって、ぱたん、と無情な音を立てて扉が閉まった。
そんな私の後ろ、机の向かい側から、地獄の底から這い上がる亡者のような低い声が響いてくる。
「さぁて…始めるか。お前の自慢の騎士たちも、俺が説教する分にはお目こぼし頂けるようだしな」
「………」
そうなのだ。
今日の朝、私がどれだけお説教されてても、マルコは一切助けてくれなかった。
まるで、私にはそれが必要だと判断したみたいに。
私の両隣には今も、朝より二体増えたシルフィード・エッジが浮いているけれど、当然沈黙したままだ。
つまり、私をスーパーお説教タイムから救い出してくれる人は、今ここには誰もいない。
数時間にわたってひたすら胸にチクチクサクサク刺さり続けるお説教の数々を思い出し、私はさぁっと青ざめる。
「あの、モーゼルさん、違うんです。これは、ちょっとした行き違いというか、出来心で…」
「行き違いや出来心で都市近郊を砲撃するヤツがあるかぁあ!」
「ひぃぃいいいっ!? お説教、いやぁぁああああっっ!」
昼下がりの衛兵詰め所に、私の悲しい叫びが空しく響いた。
…その後、ユキは日が暮れるまでじっくりたっぷりとモーゼルに絞られ、時々夢にまで見るほどのトラウマを植え付けられたとか。
めでたし、めでたし(?)
ルインズエクスプローラー ―冒険者アルと遺跡の少女―
第三章
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