第二十一話 もしかして私、やっちゃった…?

 …それは、いわゆる鉄砲水とか、ダムの決壊に近い現象だったと思う。


 手のひらの先の、濃い緑色に光る球。限界ギリギリにまで圧し込まれて、破裂寸前のパンパンになったそれの片側に、ぽかっと小さな穴が空いた。


―バヒュゥゥゥゥウウウウンンンッ!


 圧縮されていた魔力が、穴が開いた方向に向け一気にほとばしる。

 解放された力は濁流のごとき勢いで突き進み、私が手のひらを向けていた方向にあったもの全てを容赦なく呑み込んだ。


 ヴィジュアル的には、エメラルドカラーのぶっといレーザーかビームに近いだろうか?


 的に見立てていた石はもちろん、石を置いてあった切り株も、緑色の光に飲まれて一瞬で消失した。

 それどころか、石と切り株の向こうに見えていた森の木々にまで光が到達して、そこでちょっとしたキノコ雲が吹きあがるほどの大爆発が引き起こされる。


―ボゴォォオオオオオンッ!


 一瞬、地揺れかと思われるほどに大地が弾んで、森の生き物たちがギャァギャァと一斉に逃げていく声が響く。

 爆風が私の所にまで届いて、ハーフアップに纏めた金髪と、赤と黒のチェック柄のスカートがバタバタと暴れた。


「…はぇ?」


 膨らんでいた感情が急激にしぼんで、不意に頭が冷静になる。

 思わず、口から間抜けな声が漏れた。


 ……え?何、この超火力?


 爆風が通り過ぎると、吹き飛ばされた木片やら小石やらが周囲にパラパラと降り注ぎ、そのいくつかが体に当たる。


「痛っ」

 

 思わず身をすくめる私の目の前で、吹きあがっていた土埃がゆっくりと晴れていき…やがて、私がやらかした惨状が明らかになった。


 的にしていた石や切り株はもちろん、歩数で言えば100歩ぐらいは遠くにある森の木々も、数十本分が見事に消滅。


 …そう、「消滅」である。燃えたり折れたりではなく、消えてなくなってしまったのだ。

 上空から見たら、森の一部がざっくりと抉り取られたようになっていそうだ。


「モード:バスター、終了。通常モードヘ復帰」


 マルコのその言葉と同時に、シルフィード・エッジ四体が手のひらの前からバッと別れて、私の体の左右へと戻って並んだ。いつの間にか、目の前にあった光の玉も姿を消している。


「…。あの、マルコ?これちょっと、威力おかしくない?」

「否定:出力値ハ、通常ノ範囲内」

「えぇ…?」


 ……うん、その、あれだ。

 正直に言おう。私、こんなに威力があるとは思っていなかった。


 私の頭の中では、的として置いた石が砕ければいいかな? ぐらいのつもりだったのだが…まさか遥か向こうの森にまで届いた上に、そこにある木々をごっそり消し飛ばす程の威力があるなんて…。


 道理で、あんなに大量の注意事項があるわけだ。

 こんなの、撃つタイミングを間違えれば確実に味方を巻き込んでしまうし、撃つ場所もよく考えなくては危ない。

 それこそ街中で撃ったりなんかすれば、家や道路みたいな壊しちゃいけないものもまとめて吹き飛ばしてしまうに違いない。


 本当に、使いどころをよく考える必要がありそうだ。


 意図してやったことではないとはいえ、森の木々と、生き物たちには悪いことをしてしまった。


 …と、そこで。


 ……あれ? なんか、あたま、ぼーっとする…?


 急に、頭がぼんやりとして思考が回らなくなり始めた。

 何だが、長時間本を読んだり、勉強した後に似ている気がした。


「ニューラルスフィア、負荷限界到達ヲ確認。演習中断」

「あ…」


 マルコの言葉と同時に、シルフィード・エッジのコントロールが私から離れたのが分かった。

 どうやらこれが、負荷限界と言うものらしい。


 戦闘中にこんな状態になったら大変だ。戦う時には注意しないと。


「ひぅっ!?」


 その時であった。

 突然、背後からひんやぁ~りとした冷たい空気を感じて、私はびくりと身を震わせた。ぞわりと背筋を悪寒が走って、鳥肌が立つ。


 …後ろになにか、いる?


 ものすごく嫌な予感がして、錆びついた機械のようなぎこちない動きで、ゆっくり、ゆっくりと振り返ってみると…


「うふっ、ふふふふっ…ユキちゃぁ〜ん…?」


 そこには、満面の笑みを浮かべるハルニアがいた。


 慣れていない男の人が見たら、一発で惚れちゃうんじゃないかと思うほどのいい笑顔だけど…私には分かる。


 これ、ものすごく怒ってるやつだ!


 そこで私は思い出した。


『街の周りの森は、皆が狩りや採集、伐採を行うための共有財産で、街の皆の生活を支える大事なものなの。ユキちゃんも、大事にしなきゃダメよ?』


 ―…と、そう教えられていたことを。


 そんな場所をいきなりして、ごっそり消し飛ばしたりしたらどうなるか…。


 当然、怒られる!


 私が「うひぃっ!?」と声にならない悲鳴をあげるのと、ハルニアから雷が落ちてくるのは、ほぼ同時だった。


「何やってんのよ、あんたは! もぉおおおおおおおおおおっ!」

「ごめんなさぁぁぁああいっ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る