第十七話 アルの悩み ③
「……ねぇ、前から思ってたんだけどさ」
アルの話を聞き終わった後。
ハルニアは若干身を引き、口元を引きつらせた強張った顔で指摘する。
「あんたって、割と重度のシスコンよね……」
「なんだそれは……というか、なんだその、微妙に変態を見るような目は」
「まぁ、別にいいんだけどさ……家族は大事よね、うん」
「?」
ハルニアはその豊かな胸を抱えるようにして腕を組み、どこか神妙な顔つきで自分を納得させるように何度か頷く。
それから再び、アメジストの瞳でまっすぐにアルを見つめて、
「っていうか、あんたが言ってること、何もそんなに気にすることじゃないと思うわよ?」
「…なに?」
「言い方が気に障ったなら悪かったわ、ごめん。でも、ユキちゃんを妹みたいに想って大事にしたからって、レイシアさんがそれを気にするとは思えないし、傷つくようなこともないと思う」
ハルニアのその言葉に。アルは小さく頭を振って、
「…いや、違う」
「?、違うって、何がよ」
「……。ユキのことだ。俺がアイツを大事にしているのは、いつか一億Gの金に変わると思って」
「はぁぁぁぁあっ!?」
アルが全てを言い切る前に、ハルニアの絶叫が言葉を遮った。
彼女は呆れ返った、信じられないものを見るような目をアルに向けると、
「あんた、この期に及んでまだそんなこと言ってんの!?」
「…?、ダメなのか」
「いやいやいや、ダメとかそういう問題じゃ…あぁぁもう、ホントにコイツは!」
今度は頭を抱え始めたハルニアを、アルは「何やってんだこいつ?」と胡乱げな目で見る。
そんな彼にずびしっと指を突き付けて、ハルニアは吠えた。
「もういいわ! もー見てらんない! この際だから、はっきり言ってあげる」
「…む?」
「あんたはね、初めっからユキちゃんを売りたくなんかなかったし、帝国技研との一件があってからに至っては、あの子を売る気なんてサラサラないのよ」
「いや」
アルは眉根にムッと皺を寄せて反論しようとするが、
「そんなことは……」
「あーるーの! あるったらあるの! このへそ曲がりっ、いい加減素直になりなさい」
「……むぅ」
……一気にまくし立てられ、強引に黙らされた。
口ではどう頑張っても彼女に勝てないことがよく分かっているアルは、大人しく口をつぐんで話を聞いていることしかできない。
「確かに、レイシアさんを探し出すために、一刻も早く大金を稼ぎたい気持ちはあるんでしょうけど……そのために、ユキちゃんを犠牲にしていいとはあんたは思ってない。違う?」
「……」
むっすりと黙ったままの彼の反応を、肯定と受け取ったらしい。
ハルニアは続けて、
「その上で、ユキちゃんを大事にしてる理由なんて……単純でいいじゃない。”妹に似ていて、放っておけない”、でしょ?」
首を少しだけ傾けて、こちらの目を覗き込むようにしてハルニアが微笑む。
肩に掛かっていた濃藍の長髪が胸側に落ちて、ぱさりと揺れた。
けれどアルは、頭をゆるく横に振って、
「……だがそれでは、レイシアが」
「だーかーら! レイシアさんは、そんなの気にしないって」
「……そうなのか?」
紅い瞳をぱちくりとさせるアルに対し、ハルニアはハッキリとした口調で続ける。
「だってアルは、ユキちゃんの存在に満足して、レイシアさんを取り戻すことを諦めたりはしてないでしょ? 自分のことを大切に想って追いかけ続けてくれてる限り、今のあんたを見ても、レイシアさんは悲しんだりしないわ」
「ふむ……」
「それとも、あんたの妹は、実の兄がちょっと他の女の子を気にかけただけで嫉妬して怒り出すような、心の狭い女なのかしら?」
露骨に挑発するような口調と表情に、アルはムッとして言い返した。
「……そんなことはないが」
「でしょ?」
そんな彼を見て、ハルニアは再び微笑んで、
「それなら、あんたも変にあの子を避けてないで、少しは愛想よくしてあげなさい。あんた達がギクシャクしてると、一緒に生活してるあたしまで息がつまるのよ」
「それは……悪かった」
「ふふっ、別にいいわ」
ハルニアの目線がふと、草原に立つユキへと向かう。アルもまた、それにつられてユキの方を見た。
そこでは、アルたちに背を向けたユキが、右手を突き出して五指を広げた姿勢で立っていた。
彼女の手のひらの先では、シルフィード・エッジ四体が集まってぐるぐると回転している。切っ先を手のひらの方向に向け、まるで風車のように純白の矢じりが回っていた。
ユキが広げた手のひらの先、シルフィード・エッジの回転軸上には、圧縮に圧縮を重ねた魔力が球形に
どうやら、高威力魔法攻撃の予備動作のようだが――……
「ってちょぉぉおいっ! ユキちゃん何やってんの!?」
「…おい! ユキ!」
食べかけのクレケッタを投げ出して、二人は慌てて立ち上がる。
そして――……
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