第十六話 アルの悩み ②

 …以前から、思っていたことだった。


 ユキにはどこか、妹のレイシアの面影がある。


 容姿が似ているという意味ではない。レイシアは自分と同じ、燃えるような紅い瞳と髪を持っていたが、ユキの眼と髪は夜の海を思わせる漆黒だ(今はハルニアの幻惑魔法で、はちみつ色の髪と碧い目に塗り変えられてはいるが)。

 レイシアは運動もよくできたし、ユキのようにちょっとの衝撃で消し飛んでしまいそうな、儚げで華奢な体躯はしていなかった。

 けれど、ちょっとした仕草というか、持って生まれた雰囲気というかが似ていて、ふとした瞬間に存在がダブって見える時がある。


 …だが別に、そのことについて特に何かを感じることはなかった。


 つい先日、急襲してきた冒険者狩りに、そのことを指摘されるまでは。


「だってその子、キミの妹の代わりでしょ?」

「キミはその子に、在りし日の妹の姿を重ねてる」

「よかったじゃないか!キミの”心の穴”を埋めてくれる存在が見つかって」


 …違う、とは言い切れなかった。

 今まで、

「こいつは一億Gに化ける可能性がある。だから絶対に傷つかないように、守ってやらないといけない」

 と、そう自分に言い聞かせてきたが、正直どこか自分に噓をついてるような、妙な違和感があった。


 その違和感の正体を、自身に嘘を吐いてまで心中奥底に沈めておきたかったであろう本心それを、あの冒険者狩りは容赦なく暴き立てた。


「リベンジのつもりなのかな?」

「キミはかつて、妹のことを護り切れなかった。だから今度こそは、その”替え玉ちゃん”を護って見せる…って?」


 ものすごく腹立たしいことに、その言葉は”すとん!”と、形の合ったパズルピースのごとく自分の心にはまってしまった。


 それ以降は、大切な妹を侮辱されたことで怒りが沸点を越え、何を話したかよく憶えていないぐらいにブチギレて暴れまわってしまったが…どこかで放たれたあの言葉だけは、呪いのように胸中に刻み込まれている。


「キミはそれで救われるかも知れないけど、キミの妹ちゃんは救われないじゃないか」

「…兄さまが、自分の代わりを見つけて兄妹ゴッコに興じてるなんて知ったら、傷つくんじゃないかなぁ?」


 ……俺は今、レイシアが傷つくようなことをしているのだろうか。

 

 ……ユキを妹のように感じて、護ろうとしていることを知ったら、レイシアは傷つくのだろうか。


 拠点である「止まり木亭」に戻り、怪我を治すために安静にしている時間が長くなると、どうしてもあれこれ考えることが増えてしまう。


 セルナ=イスト遺跡での反省点を脳内で洗いだすたびに、冒険者狩りに言われた言葉がひたすらリフレインしてきて、忘れられなくなった。


 気づけば、ユキと関わろうとすると妹の悲しげな顔が脳裏に浮かんでくるようになって…そうこうしているうちに、ユキの顔をまともに見れなくなっていたのだった。



 ……因みに、ユキが気に病んでいると言う右腕と左脚の怪我については、アルはまっっったくと言っていいほどに気にしていなかった。


 負傷したのは自身が未熟なせいであって、護衛対象に問題があったからではない。

 むしろ、護衛対象をあそこまで危険に晒してしまったことの方が問題であって、気に病むべきはむしろこちらの方である。


 というか、護衛の仕事クエストを依頼した結果、護衛にあたっていた人間が傷ついたからと言って、それを気にする依頼者など見たことがない。


”自分の代わりに戦って護ってくれる人間が、自分の代わりに傷つき血を流す”


 何もおかしいことはない、当然のことだからだ。


 …自身の負傷について彼女がどうしてそこまで気にしているのか、アルはイマイチ分かっていないのであった。

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