第十五話 アルの悩み ①

 しばらく後。


 アルたち三人は手近な屋台で軽食を買い、街の外へと移動していた。街の中だとユキが引きつれた四体のシルフィード・エッジの存在がどうしても目立ってしまい、周囲からの視線が集中して落ち着かなかったからである。


 それに、今日は気持ちがいいほどの快晴で、ピクニック日和だ。

 たまには皆で街の外で食べるのもいいだろうと、ハルニアが発案したのである。

 

 …最も、クエストや依頼で街の外に出ることが多いアルにとっては、野外での食事の何がいいのか、よく分からなかったりするのだが。


 森近くの草原にて、三つ並んだ切り株に適当に腰掛けて食事を摂る。


 買ってきたのは、クレケッタ。

 クレケッタは、小麦と雑多な穀物、水とを練り合わせた生地を薄くのばして焼いて、甘辛いタレを和えた肉と野菜を巻いたものであり、ここ帝国イスト地方では定番の軽食だ。


 魔物の解体時に骨に残った細かな肉や、売り物にならないクズ野菜を使って作られていることが多く、安い。

 しかし値段の割に食いでがあり、お店ごとに味付けにも色々と工夫があって旨い。

 安い!旨い!早い!で、庶民に人気のお料理なのだ。

 巻かれた紙を部分的にはがして、まだ紙に包まれた部分を手にもって食べ進めていくのが、クレケッタの食べ方だ。

 怪我のせいで右腕が自由に使えず、紙を剥がすのに苦労していると、隣に座っていたハルニアが何も言わずにクレケッタを取り上げて、紙をぺろっと剝がしたうえで返してくれた。


「…すまん」

「いいえー。早く怪我治しなさいよ?」

「あぁ」


 短いやり取りを経てクレケッタを受け取り、口に運んでいると、ふと正面の切り株に座るユキと目が合った。

 けれど、それは一瞬のこと。

 彼女はすぐに、どことなく不機嫌そうな表情でふぃっと目を反らしてしまった。そしてそのまま、パクパクと食べることに集中し始める。


 ……やはり、何か怒らせたか。


 別に怒らせるようなことをした憶えはないが、事実としてユキとの関係は最近ギクシャクしていた。


 セルナ=イスト遺跡探索以前から口調が妙に丁寧になったり変化はしていたが、遺跡探索後はさらに態度が硬くなり、最近は目が合ってもすぐ反らされる。

 向こうから声をかけてくることも少なくなったし、話したとしても二言三言で終わってしまう。


 状況から考えて、セルナ=イスト遺跡探索時に何か気に障ることをしたのだと思うが、アルには何がそれに該当するのか、考えても考えてもさっぱり分からなかった。


 いっそ、「何を怒っているんだ?」「具体的に教えてくれ」と直接訊いてみれば解決するのかも知れないが…。


 以前ハルニアに同じようなことをして、


「それ、ふつー女の子本人に訊く!?」

「あたしの口から言わせようとか最低っ! 自分で考えなさい!」

「ほんっとデリカシーの欠片もないわね!」


 …と、割と本気マジでキレられたことがあるため、何だか相手を余計に怒らせる結果になりそうな気がして、及び腰となっていた。


 ……やはり、異性こいつらの考えはよく分からん。


 ふぅ…と、アルは小さくため息をつく。


 そうこうしているうちに、ユキは自分の分のクレケッタを食べきって、「シルフィード・エッジを扱う練習をしてくるから」と走って行ってしまった。


 今はアルたちから少し離れた草原にて、純白の矢じりことシルフィード・エッジを宙に飛ばして、楽しそうに笑っている。

 自身の身体に纏わせるようにくるくると周囲を旋回させたり、森の木々よりも高く飛ばして編隊飛行させたり、急降下や宙がえりを試したり…自分の考えた通りに純白の矢じりが飛び回るのが、面白くて仕方ないらしい。


「…こうしてみると、普通の無邪気な女の子よね」


 その様子を眺めながらハルニアがそう零して、アルは頷いて同意する。


「あぁ。…扱っているのは、紛れもない古代兵器オルト=マシーナだがな」

「そうね」


 セルナ=イストでマンハンターを撃退した時の事は、既に話したのでハルニアも知っている。


 今、彼女が玩具のように飛ばして喜んでいるのは、純然たる兵器だ。それも、何の戦闘訓練も受けていないはずの非力な少女が、百戦錬磨の冒険者狩りを圧倒できるようになるほどの性能を秘めた…。


 だが、ハーフアップに纏めたはちみつ色の長髪をぴょこぴょこさせながら、真っ白な羽にも見えるシルフィード・エッジ四体とキャッキャと戯れるその姿は…ただただ無邪気で、あどけない少女にしか見えなかった。


「アル」


 そんなユキの姿を眺めることしばし。

 ふと、ハルニアが声をかけてきた。


「…あんた、その腕と足、いつ治すつもりなのよ」

「自力で治すからな、あと数日はかかる」


 アル自身も初歩的な回復魔法は使える為、今は自力で治している最中だ。患部に魔力を集中させて、治癒力を高めている。

 だがその答えに、ハルニアは首を緩く横に振って、


「早く冒険者ギルドに行って、専門の治癒魔導士ヒーラーを紹介してもらいなさい。別に、大した手間と出費でもないでしょう?」

「断る」


 アルの答えは短く、早かった。

 自分でもできることを、金を払ってまで他人に任せたいとは思わない。

 それに、よく知らない相手に負傷し弱った身体を任せるなど、とてもではないができたものではない。


 その答えに、ハルニアは「言うと思った」と分かりやすく肩を落とす。


「あんたが日常生活で不自由するのは別に自業自得なんだけどね…ユキちゃんのこと、もしかして気づいてないの?」

「…何のことだ」


 眉根に皺を寄せて首をかしげると、ハルニアにますます呆れられた。


「はぁぁ…そんなことだとは思ってたけどね…。あの子、あんたが怪我で不自由そうにしてるのを見るたびに、すごく辛そうな顔してるわよ?」

「…そうなのか」

「ちょっと注意して見てれば分かるって」


 そんなことには全く思い至っておらず、アルは目を丸くする。

 そんな彼にハルニアは、「これだからこの朴念仁は…」とため息をついて、


「自分のせいだって、そう思ってるの。あの子、変なところで責任感あるから」

「ふむ…」

「最近ユキちゃんとの関係がうまくいってないのは、さすがのあんたでも分かってるでしょ?早くその怪我治さないと、ずっと今の微妙な空気が続くわよ?」

「…」


 思わず黙って、考え込んでしまう。

 もしや、最近ユキとの関係がギクシャクしているのはこれが原因だろうか。

 とはいえ自身の治療を見ず知らずの他人に任せるというのも、やはり気分が悪い。

 ううむ、と難しい顔で唸るアルを横目に、


「ま、ユキちゃん的には、微妙な空気になる理由は他にもありそうだけどねー」


 ハルニアがにへらっと、実に楽しそうな笑みを浮かべた。

 これは、あれだ。ロクでもないことを考えているときの顔だ。

 警戒心を織り交ぜた胡乱な目でハルニアを見ていると、その目線に気づいた彼女は「こほん!」と咳ばらいを1つ入れて取り繕って、


「…で?あんたの方も、ユキちゃんに対して何か思うところがあるんでしょ?」


 細くきれいな指をつぃっとこちらに突き付けて、そう問いかけてきた。


「…なぜそう思う」

「あんたの方からも、ユキちゃんを避けてるように見えるからよ」

「そう見えるか」

「そういうの、案外分かりやすいわよ?あんた」


 仕方がなさそうに苦笑して、ハルニアは言う。


「遺跡で何かあったんでしょ?どうせあんた1人で悩んだところで答えなんて出せないんだから、お姉さんに相談してみなさい?」

「お姉さん…? いや、お前の方が俺より年下だろう」

「…そういう細かい話はいいからとっとと話すっ!」


 ぺちんっ!

 年齢のことを指摘したら、思い切り頭を叩かれた。仮にもけが人に対して容赦がなさすぎる。


「で?何があったのよ」


 自由に動く左手で痛む頭を抑え、むすっとしていると、ハルニアが改めて尋ねてきた。

 先程までとは雰囲気が違う。

 アメジストの瞳が一対、心の内を覗き込むようにして、こちらをじっと見据えている。


 ……昔からそうだが、こいつに隠し事はできんな。


 小さく息を吐いて、それからぽつり、ぽつりと、アルは内心を言葉にし始めた。

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