第二話 私は、ユキ

「ん…んぅ?」


 瞼の向こうから眩しい光を感じて、意識が浮上していく。


 重い瞼を開けると、そこには、もう見慣れたいつもの天井があった。

 少し視線をずらせば、木でできた壁と窓枠が見えて。

 それから、窓にかかったカーテンの間から朝日が差し込んで、私の眠たげな目をちりりといた。


「朝…?起きなきゃ」


 ずりずりと布団から這い出て、ベッドを降りて。

 毎朝、カーテンを開けた私がまずすることはいつも、”思い出す”ことだ。

 

 自分がどこの誰で、本当は何をしなくちゃいけなくて、どこに行くべきなのか…オモイダセって、誰か、ナニカが言ってる気がするから。

 

 小さく、口に出してみる。


「私は、ユキ…」


 けれど、思い出せるのは今日もそこまで。


 窓の向こうに広がる、石と木でできた街並みと、青く高い空を見ながら頑張るけれど。

 それ以上は、何か硬い蓋がしてあるみたいに、記憶がひっぱりだせない。


 私は―…ユキ。


 私には、昔の記憶がない。

 正確には、つい最近以外のことを、あまりはっきり憶えていない。


 色々助けてくれるアルと、ハルニア曰く、私は遺跡の奥で悪い人たちに捕まっていたらしい。

 アルが私を、悪者から助け出して、この家に連れてきてくれたそうだ。


 この家に来てからのことは、ぼんやり憶えているけれど。

 それだってまるで濃いモヤがかかったみたいになっていて、部分的にしか思い出せない。


 そのころの私は、言葉ですら忘れていたらしくて、ロクに話もできなかったらしい。

 でも、段々話せるようになってきて…私がハッキリと憶えているのは、しっかり言葉が分かるようになったつい最近からのことだけだ。

 

 アルやハルニアが言うには、私は結構、特殊な人間らしい。

 髪や目の色とか、大昔の言葉が分かったりだとか、それと―…魔法が全く使えなかったりだとか。

 髪や目の色と、魔法が使えないことは、周りにバレるとよくないみたい。

 差別されたり、虐められたり、とにかく良くないことが起こるそうだ。

 絶対に秘密にしておくようにと、アルとハルニアから強く言われている。

 

 でも、私がどこの出身で、お父さんとお母さんは誰で、今どうしているのか…そういうのは、誰も知らないし、教えてくれない。

 

 アルもハルニアも、昔のことを無理に思い出さなくてもいいって、そう言ってくれる。

 

 でも、なんだろう?

 今日は、とても、とても大事な約束を、思い出さなきゃいけないような…。

 

 うんうん唸りながら腕を組んで、寝起きの頭で必死に考える。

 こめかみを人差し指でとんとん叩いていると、


「…。ハッ!!」


 思い出したッ!


「私っ―…お祭りに行かないと!」

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