第三話 とある朝の惨劇

 シルフェの街に住むガンスミス、ブレッド・クロスウォリア。


 彼はその日も、実に優雅な朝を過ごしていた。


 帝国領内では東に位置するこの辺りは、季節間の気温や湿度の差が緩やかで、年を通して過ごしやすい気候が続く。


 今朝も天気は良く、わずかに開けた窓から心地よい風が入ってくる。

 

 ……さて、今日はどんな香りの茶葉を選ぼうかの。

 

 魔導コンロに己が魔力を送り込み、ポットに火をかけたのち、のんびりと今朝の気分で茶葉を選ぶ。

 

 最愛の妻に先立たれて時が経ち、魔導銃弄り以外に情熱を燃やせるものが少なくなってきた彼にとって、こうして楽しむ朝のティータイムは唯一ともいえる趣味の時間だった。

 

 朝の、街が騒がしく動き出す前の静かな時間。

 まだ陽で温まっていない少し冷めた空気を吸いながら、揺れる椅子に座って思索にふける。

 片手には、この時間の為だけに淹れた一杯の紅茶。

 

 なんと、贅沢な時間の使い方だろうか。

 

 ……うむ。今日も良い香りじゃわい。


…ゴシュン…ゴシュン…ゴシュン…ゴシュン…


 あごに蓄えた白ひげをしごきつつ、【ゴシュン】彼は【ゴシュン】ゆっくりと【ゴシュン】本日の一杯の香りを【ゴシュン】堪能する【ゴシュン】。

 

 そして、今日も【ゴシュン】誰に邪魔されるでもなく【ゴシュン】のんびりと考え事を【ゴシュン】…【ゴシュン】【ゴシュン】【ゴシュン】【ゴシュン】…


「できるかぁあああああ!」


 外から定期的に聞こえてくる異音と、徐々に大きくなる振動。


 お気に入りの時間を邪魔され、怒髪天を衝く勢いでぶちギレた彼は、のしのしと荒々しい歩調で玄関へと向かう。


 ……このワケのわからん音と振動、どうせどこぞのアホな魔導士が、新しい攻撃魔法の実践だとかいって無茶をしとるんだろう。一言文句を言ってやらんと気が済まん!


 怒りに任せ。ドガ!っと勢いよく扉をはね開け、ブレッド・クロスウォリアは傲然と吠える。


「うるさいわバカもんが! 人の家の前でなに……を……ぉ?」


 が、そんな彼の勢いは、扉を開けた瞬間、穴の開いた風船のごとくしぼんでいった。


 彼の目の前……つまりは彼の家の玄関前に立っていたものが、あまりにも異質だったからだ。


 まず目に入ってきたのは、太い金属製の四本足。

 おっかなびっくり、足の先を上へ、上へと目で追っていくと、同じく金属でできた巨大な胴体が見えてくる。

 その体高は、自身の身長の二倍か三倍はありそうだ。

 魔力を帯びた灰色の装甲が、陽の光を受けて鈍く輝いていた。

 

 まだ彼が若いころ、技術者として古代遺跡に赴いた際、似たものの残骸を見たことがあった気がするが……。

 

 棒立ちで見上げることしかできない彼を、その巨大な存在についた赤い一つ目が、ぎゅるりとスライドして動いて睨む。

 

 酸欠になった魚のごとく口をパクパクさせていると、その化け物の上から、ひょっこりと金髪の少女が顔を出した。

 

 あどけない表情と、くりりとした碧い目が可愛らしい。


「あ、すみませーん! 中央広場って、どっちでしたっけ?」


「………」


 無言のまま、ぽかんと間抜けに口を開けた表情のままで、通りの向こうに指をさす。


 すると、少女はぱぁっと表情を輝かせて、


「ありがとうございますっ! ほら、マルコ! 向こうだって、早く行くよ!」


 鋼鉄製の化け物の上から身を乗り出して、まるで馬にでも接するかのように、その装甲をバンバン叩いた。


了解ラジャー


 化け物から返事が返ってくるや否や、そいつらは玄関前から一瞬でいなくなる。


…ゴシュン…ゴシュン…ゴシュン…ゴシュン…


 ……と足音を響かせて、猛スピードで街を駆け、通りの向こうへと消えていく。


「……あ、ワシの家の前の道、ヘコんどる……」


 ふと見れば、玄関前の石畳がめきょっと壊れて、穴が空いていた。

 きれいに敷き詰められていた石材が無残にはがれて、下の土が丸見えだ。

 

 ……というかよく見れば、左右通して、連中が歩いた後の道すべてに穴が空いている。


――ガッシャァーーンッ!!


 連中が消えていった、通りの向こう側から。

 花瓶がまとめて割れる音と、


「きゃぁああ! 大事なお花がぁあ!」

「ああああ! ごめんなさぁあい!」


 誰かの悲鳴が聞こえる。

 続けて、


――ヒヒィィンッ!


 何かに驚いたらしい馬のいななきと、


「うわぁあああ! な、なななんだぁ!?」

「ひゃぁあ!? マルコ、気を付けてっ!?」


 またも、悲鳴が聞こえる。


「な、何なんじゃ、今のは…」


 まるで嵐のように、破壊と迷惑とを振りまいて去っていった存在を見送って。

 

 ブレッド・クロスウォリアは、唖然と立ち尽くして朝の時間を過ごした。

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