第二十三話 激闘を終えて…

 時はしばし、遡る。


『…目標の制圧に成功。”ニューラル・スフィア”、負荷増大中。被験者№C.35、シルフィード・エッジ、コントロール権を放棄。引継ぎを要請。ユーハブ』


了解ラジャー精霊ノ刃シルフィード・エッジ、コントロール引継ギヲ実行。アイハブ』


『周辺状況の安全を確認。リザレクト・セル、モード:ターミネート、解除』


了解ラジャー


 少年の姿をした、冒険者狩り。

 彼を倒して暫くしたのち、


「…あ、あれ?」


 不意に体の自由が戻ってきた感覚があり、ユキは思わず、間抜けな声を上げてしまった。


 ……体、動くよね?


 目の前で自分の右手を広げて、ぐー、ぱー、とやってみる。

 問題なく動く。先程までと違い、きちんと自分の意志で身体を動かせるようだ。

 ユキは小首をかしげ、思う。


 ……何だったんだろう、今の?


 それはとても、とても不思議な数分だった。

 先程、大きな四つ足の古代兵器がアルを攻撃しようとしたその時。


―やめて!その人を、傷つけないでっ! 


 そう強く思った瞬間、急に、頭の奥を引っ張られるような奇妙な感覚に襲われて…気づいたときには、体の自由が効かなくなっていた。


 意識も身体の感覚もあるのに、自分の意志では身体が動かせず、別のナニカが自分の代わりに身体を動かしている状態…とでも言うべきか。


 本来なら、とても怖い状態だ。自分の意志とは関係なく、第三者によって勝手に身体が動かされる。まるで、糸で吊るされた操り人形のように…。


 けれど、それはなぜだか、嫌な感じがしなくて。


 何といえばいいのか…どうしても答えが分からなくなった問題を、信頼できる先生が自分の手を握って一緒に解いてくれているような…。”こうすればいいんだよ”と、教えてくれているかのような…。


 そんな、独特の安心感があった。


 もう一人別の「わたし」がいて、そちらが代わりに戦ってくれたとも感じる気がする。


 それに、自分の意志で身体を動かしていなかったからだろうか?

 人を殺めてしまったかも知れないと言うのに、驚くほどに良心の呵責がない。

 目の前に俯せに横たわってビクビク痙攣けいれんしている姿を見ても、感情はほとんど動かず、心は凪いでいる。


 まるで、こうして戦って相手を倒すことに慣れてしまっているような…思い出せる限りでは、誰かと戦い殺し合ったような記憶はないはずなのだが。


 …そんなことを考えていた、その時。


「う…」


 かすかなうめき声と、どさっと何かが倒れる音。

 ハッとして見れば、ひび割れた床に倒れ伏す紅髪の青年の姿が目に入った。


「あっ!アル!!」


 名を呼び、大慌てで彼の元へ。

 最近なんだか気恥ずかしくなって、”さん”付けで呼んでいたが、そんなものは一瞬で頭から吹き飛ぶ。


「アル!大丈夫!?」


 倒れた彼の身体を揺すり、声をかけるが、返事はない。ただ苦しげに表情を歪めるのみだ。


「ど、どうしよう、どうしよう。どうすれば…どうすれば…!?」


 おろおろ、おどおど。

 それでも必死に、思考を巡らせる。


 ……落ち着け、落ち着け私。とにかく街まで…ハルニアのところまで戻らないと。

 ……あ!そうだ!!


 ふっと振り返り、そこに立つ古代兵器の姿を見上げる。


 そいつは赤く丸い1つ目でこちらを見つめたまま、じっとしていた。まるで、次の指示を待っているかのようだった。


 ……この子が、本当に私の言うことを聞いてくれるなら…。


 ユキは意を決して、口を開く。


「えっと。あなたは、私たちの味方…なんだよね?」


「肯定」


 古代兵器から、この世界の言葉で答えが帰ってくる。


「被験者№C.35ハ、本機、AT-LT TYPE-99”Chevalierシュバリエ”ノ、仮マスター、デアル。本機ノ主目標ハ、人類ニ敵対的ナ魔導生物ノ排除、及ビ、”雪解ケ計画”被験者ノ保護ニ設定サレテイル」


「??…よく分からないけど、さっきは助けてくれてるし、大丈夫?…だよね。よし」


 自身を納得させるかのように言って、頷く。

 それからすっくと立ち上がると、ユキは言った。


「お願い。アルと私を、シルフェの街まで連れて行って」


了解ラジャー。リザレクト・セル、ヨリ、座標受信。名称、”シルフェ”ニ移動」


 果たして、その古代兵器はユキの命令に背くことなく、忠実に応えて見せる。


「推奨:”雑具ラック”ノ使用」


 ゴシュン、ゴシュンと足音を響かせて、古代兵器がその場で器用に旋回、お尻をこちらへ向けてきた。


 見れば、古代兵器の胴の後ろには、人間数人が並んで座れそうなサイズのカゴが取り付けられている。


「これに、乗ればいいの?」


「肯定」


 ユキの質問に応じながら、古代兵器は太い四つ足を折り曲げる。

 角ばった胴が地面に接し、さらにカゴの一部がガキョン!と音を立てて横にスライドして開き、ユキの体格と身長でも無理なく乗れる状況ができあがった。

 

 とはいえ、ユキ1人でカゴに乗り込んでも意味がない。

 

 倒れて動けないアルの身体をどうにか移動ささせて、カゴに載せなければ。


「んと…アルを乗せてあげたいんだけど、どうすればいい?」


「推奨:精霊ノ刃シルフィード・エッジ、トラクタービーム使用」


 試しに尋ねてみれば、答えはすぐに返ってきた。


 シルフィード・エッジは、先程から周囲をふよふよ浮いている真っ白な三角形の物体二体のことだろう。

 だが、”トラクタービーム”とは何ぞや?


「えっと、ごめんなさい。トラクター・ビーム?…って、なに?」


「推奨:”ニューラル・スフィア”ヘノ情報インストール。”本機ヨリ、トラクタービーム関連ノ情報ヲ送信可能。実行ノ許可ヲ求ム」


「???」


 にゅーらる・すふぃあ?いんすとーる?

 何を言われているのか、サッパリわからない。


 ……許可を求む?って、なにを??


 とはいえ、このまま悩んでいても埒があかない。


「んと…はい!許可しますっ!」


 よく分からないままに、ユキはそう言った。


「了解。”ニューラル・スフィア”ヘノ情報送信ヲ実行。”ロード・ショック”ニ注意」


「?」


 次の瞬間。


―…ズキィッ!


「きゃっ!」


 頭の中を直接殴りつけられたかのような痛みに襲われ、ユキは短く悲鳴を上げる羽目になった。

 痛みそのものは一瞬であり、そう長く続くようなものではなかったものの…突然強い片頭痛のようなものが襲ってきたので、驚いてしまったのだ。


「いたた…何?今の」


 こめかみを片手で抑えつつ呟いた後、あることに気づいてハッとする。


 ……あれ?え?私、知らないはずのことを知ってる?


 さっきまでは知らなかったはずのこと…トラクタービーム云々に関する情報が、頭の中にふっと湧いて出た。

 本で読んだり人から聞いたりと、学んだ覚えは全くないのに、知識だけが頭の中に存在している。

 

 ……これが、情報いんすとーる…ってこと?

 ……ちょっと痛いけど、やっぱりは便利だなぁ。

 

 それを魔法の一種だと考えたユキは、感心しながらも行動に移る。

 やるべきことは分かった。今はとにかく、急がなければ。

 彼女はアルに右手を向け、広げると、はっきりとした口調で命じた。


「シルフィード・エッジ!トラクタービーム、接続はじめっ!」


 瞬間、白い三角形の物体…シルフィード・エッジ二体がふわりと空中を舞い、床に倒れたままのアルを挟むような位置で止まる。

 それから三角形の先端から青白いビームが飛び出て、それが命中した瞬間、アルの身体は軽々と浮かび上がった。

 構図的には、シルフィード・エッジから青白い縄が伸びて、アルを吊り下げているようにも見える。


 ……よしっ、いける!

 

 ユキは続けて、右手をゆっくりとカゴに向けて動かしていく。

 それに合わせて、シルフィード・エッジも慎重な動作でアルをぶら下げたまま移動して―…


「…あーやれやれ、酷い目に遭ったよ」


「っ!」


 急に、背後から聞き覚えのある声。

 ハッとして振り返れば、先程まで倒れていたはずの銀髪の少年が、若干ふらつきながらも立ち上がる様が目に入る。 


 ……!!、倒せてない!?


 考える前に身体が動いた。


 両腕を広げ、相手とアルの間に入るようにして一歩前へ。お腹に力を入れ、ぐっと唇を噛んで相手を睨む。


 今日、彼が何度もそうしてくれたように。

 今度は彼女が、彼を護ろうとしていた。


「……」


「あー…大丈夫、大丈夫。今日はもう、キミたちに何かするつもりはないから」


 そんな彼女に対し、シヴィ、手をひらひらとやって肩をすくめて、


「武器も壊されちゃったし、正直いまの状態でキミと戦って無事に済むとは思ってないからね」


「…」


「そんな目で睨まないでよ。今日はもうここで解散!ボクはさっさと帰って休みたいし、キミも早く戻ってカレを助けたいでしょ?」


「…何もしてないのにいきなり襲い掛かってくるような人、私、信用できないです」


「うへ、こりゃあ手厳しいなぁ」


 両手のひらを上に向け、肩をすくめる銀髪の少年。

 ワザとらしくオーバーな仕草を見せたのち、彼はにぃっと笑って続ける。


「言い方を変えようか?これは取引だよ」


「取引?」


 柳眉をしかめ、怪訝そうな顔となるユキ。


「そう、取引さ」


 シヴィは頷いて、


「こう見えて、ボクは今日はもう限界でね。誰かさんのせいで、立っているのもやっとの状態なんだよ。でもキミの方も、傷ついたカレを早く何とかしたくて、一刻も早く街に戻りたい。違う?」


「…。違わない、です」


「つまり、お互いここで争っても何の利もない。キミがこのまま何もせずにボクを帰してくれれば、ボクの方からも、キミたちには何もしない」


 今日のところはね、と、小声で付け加えて。


 シヴィはまた、朗らかな笑みを浮かべる。


「お互いにメリットのある良い話だと、そう思わない?」


「…。分かりました」


 言いながらも、ユキは警戒心丸出しの表情でシヴィを睨み続けて、


「早く行ってください。私からは、何もしません」


「あはっ、話が分かるようで助かるよ。…あぁそれと、もう一つ質問いいかな」


「なんですか?」


「キミ、いったい何者なんだい?」


 目を細めて投げかけられたその問いに、ユキは短く一言で答えた。


「…言いたくないです」


「あははっ、随分嫌われたなぁ。でもボクの方は、キミに興味が湧いちゃったよ」


「え?」


「ふふふっ、では、お先に失礼」


 そのおどけた口調での言葉を最後に、シヴィの姿はふっと、どこへともなくかき消えた。


 ただ一瞬、どこからか風に乗るようにして、囁くような声が聞こえた気がした。


、替え玉ちゃん」

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