第二十二話 帰路にて

『ね~んねん、ころ~りよ、おこ~ろ~りよ~…』


 歌が、聞こえる。

 知らない言葉で紡がれているので、意味は判然はんぜんとしない。

 けれど、そのメロディはどこか懐かしく、優しい。

 続けて感じるのは、自身の頭をそっと撫でる手の温もり。

 頭の後ろを支える、柔らかく暖かな感触。

 そしてふわりと香る、甘いミルクのような匂い。

 心地よく、ずっとこうしていたい気分に誘われる。

 けれどそれに逆らい、うっすらと目を開けると―…


 そこにあったのは、こちらを覗き込む一対の黒い瞳。


「…何をしている」


 ぱっちりと目が合って、アルは問いかける。

 瞬間。


「わひゃぁあっ!」


 黒い瞳の持ち主たるユキが、素っ頓狂な叫び声を上げて飛び上がって後ずさり、


―ゴンッ!


 彼女の膝に乗っかっていたアルの頭は、ちょっと浮いた後、硬い床に思いっきり叩きつけられた。


 …地味に痛い。


「ち、ちちちちち違うんです!こ、これはその、床に転がしとくのもアレだし、私にも何かできることがあるかなーって思っただけで、へ、変な意味とかは、別に!」

 

 頬を朱に染めたユキが、しどろもどろになりながら何か言っているが…。

 アルにとっては、至極どういでもいいことだった。


 まず大事なのは、自身の身体の状態、周囲の状況の確認だ。


「…」 


 自身の右腕と左足の状態を確認しつつ、ゆっくりと身を起こしてみる。


 回復魔法による止血が上手くいったらしく、傷口は塞がり、血が流れ出ることもない。

 ただ身体を動かそうとするたびに焼けるような痛みが走り、とても戦える状態ではないことを知らせてくる。


「あ、アルさん!まだ無理に動かない方が…!」


 疼痛とうつうに表情を歪ませたアルを心配して、ユキが声をかけてくる。


「さっき大怪我したばかりなんですから、安静にしていないと」


「…いや、止血には成功した。問題はない」


「でも…」


「そんなことより、状況の説明を頼む」


 アルは周囲を見廻し、酷くそっ気のない態度でそう言った。


―ゴシュン…ゴシュン…ゴシュン…ゴシュン…


 ……ここは?

 ……まさか、さっきの古代兵器オルト=マシーナの上か?


 見た感じ、古代兵器オルト=マシーナの胴体後ろにカゴの様なものがついており、自分たちはそこに乗っているようだ。

 ついでに、この古代兵器オルト=マシーナはどこかに向かって疾走している最中らしい。

 未だ聞き慣れない”ゴシュン…ゴシュン…”という足音とともに、周りの景色が後ろへと流れていく。

 その移動速度は思った以上に速く、揺れも少ない。


「こいつは…お前が操っているのか?」


 アルの問いに、ユキは細い指を顎に当てて「あ、えと…ですね」と思案したのち、


「正直、よく分かんないんです。とりあえず、私の言うことは聞いてくれるみたいなんですが…」


「そうか」


 アルは短く答えてから、続けて尋ねる。


「…こいつはどこに向かっている?それにあいつは、冒険者狩りはどうした?」


「その……順番に、お話しますね」


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