第八話 不期遭遇戦《ランダム・エンカウント》 vs.テンタクルス
「ひゃぁあっ!?」
「っ!」
ユキが悲鳴を上げると同時に、アルは動いていた。
彼女の手を掴んで引っ張り、自身の背後へ。さらに一歩前へ出て、敵とユキとの間に立ち塞がる。
一方、そいつはずるり、ずるりと音をたてながら、森の木々の間から這い出してきた。
「FU-Syururururu!!」
「テンタクルスか…」
テンタクルス。
人の頭ほどはある大きなコアを中心に、幾本もの触手が絡み合うようにして集まった異形の魔物だ。帝国各地の森や遺跡、廃墟などに生息し、通りかかる旅人や冒険者を待ち伏せして襲う。
その触手に囚われた者は、衰弱して死ぬまでひたすら養分を吸われ続け、最期はミイラになってしまうという。
弱点はただ一つ、触手の群れの中心にあるコア以外にない。
「なにっ、これ!?これが、魔物…!?」
「…大丈夫だ。下がっていろ」
「は、はいっ…!」
ちらりと後ろを見ると、伝えた通り一歩、二歩三歩と後ずさるユキの姿が見える。
「FUsyu-rururu!!」
「…来い」
そんなユキの姿を相手から隠すようにして移動し、アルはテンタクルスを睨みつける。
こうした状況下での魔物の行動原理は単純だ。
”自身にとって最も脅威となる者を最優先で排除する”
これに尽きる。
この場合は、武器を手に立ちふさがるアルが最大の脅威だ。テンタクルスは優先してアルを攻撃し、アルが倒れない限りユキに手を出すことはない。
触手の群れがいつ一斉に襲ってきても対応できるよう、アルは身構え、相手の出方を待った。
…が。
「?」
……なんだ?なぜ何もしてこない?
妙なことに、テンタクルスは何もしてこない。
アルが訝しんだ、その瞬間であった。
「ふひゃぁ!?」
背後でどさっと何かが倒れるような音が聞こえると同時に、ユキの間の抜けた悲鳴が響いて、
「何ッ!?」
慌てて背後を振り返る。
そこには、両足を触手に絡めとられ、逆さ吊りにされるユキの姿があった。
テンタクルスはアルを迂回するようにして森の木々を縫って触手を這わせ、背後に居た少女へと襲い掛かったのである。
「ちょ、ちょっとぉ!待って待って!見えちゃう!見えちゃいますからぁっ!」
ユキは涙目になりながらも、スカートの裾を両手で必死に抑えている。逆さにされて頭に血が登っているからか、その顔は真っ赤だ。
やがて世界が逆さまになった彼女の眼前に別の触手が迫り、そしてその触手の先端が十字に裂けてぐぱぁっと開いた。
その内側には細かい歯がびっしりと生えていて………
「ひっ…!?」
ユキが声にならない悲鳴を上げるのと、それは同時だった。
「っ、そいつに触れるな!」
「FU-SYAaaaaaaa!?!?」
ユキの両足を絡めとっていた触手に向けアルが飛び掛かり、異形の魔物は絶叫する。
その腕に生えたるは、魔導障壁を応用して形作られた紅い魔力の刃。
ユキを拘束していた触手を両断し、アルは空中で彼女の身体を受け止め着地した。
そしてさらに、
「失せろ」
身体を半回転、腰だめに構えた魔導銃の引き金を引く。
―ヒィィィン…ヴィシュゥゥン!
一瞬のタメ時間。
銃口に紅い光が収束したのち、太いビーム状の魔法攻撃が放たれる。
ソキ=イストでの古代兵器との戦闘の折、攻撃を弾かれ続け火力不足を感じた彼が収束型を基礎として編み出した新技である。
絡み合う触手の中心にあるコアに向かい、まっすぐ放たれたその一撃を、
「FU-sya!!」
テンタクルスは自身の触手に魔力を纏わせて外皮を硬化、コアの前に触手の壁を形成して防御する。
けれど、強化された貫徹力は、そんな触手の防御力をいとも簡単に上回った。
拮抗できたのはわずか一瞬。
触手の壁は突破され、その先にあるコアを撃ち抜かれて異形の魔物は断末魔の悲鳴を上げる。
「SYAaaaaaa!?!?」
無数の触手を激しくのたくらせた後、さらさら、さらさら…テンタクルスは白い塵になって崩れ落ちていった。
「…」
醜い触手の集合体が塵になっていく様を、魔導銃を腰だめに構えたアルは油断なく睨みつける。
そんな彼の左腕にがっしりと抱きとめられたまま、
「あうあうあうぅ…」
顔を耳の先まで紅に染めたユキは、間近に見える険しくも端正な顔立ちを見上げて目を白黒とさせていた。
そんな彼女の心の内を知ってか知らずか、アルは相手が完全に塵になるのを見届けると、小さく息を吐いて体の力を抜く。
それから未だに「あうあう」言っているユキをその場にすとんっと立たせると、
「…大きなケガはない、か」
目立った外傷がないことを確認し、ほっと安堵のため息をついた。
それから逆さ吊りにされた拍子に落ちてしまったのであろう、地面に転がったハンチング帽を拾い、無言で手渡す。
一方のユキは、胸に手を当てて大きな深呼吸を数回したのち、
「は、はい…ありがとう、ございます」
ハンチング帽を表情が見えなくなるぐらいにまで深く被り、少し口ごもりながら尋ねた。
「あ、あの、アルさん?」
「なんだ」
「その…も、もしかして、ですけど。見ました?」
片手でスカートの端を抑え、再びうっすらと頬に紅を散らせて尋ねるユキだったが…。
アルは首を傾げて聞き返す。
「?、何をだ?」
「………。分からないならいいです」
「?」
ぷいっとそっぽを向いてしまったユキの態度に釈然としないものを感じながらも、アルは先程の魔物…塵になったテンタクルスがいた場所を見つめ、考える。
……前衛の俺を無視して後衛を狙うとは。いい度胸と言うべきか、異常個体か?
……この先、何もなければいいが。
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