第六話 依頼人の名は…?

 「止まり木亭」に帰った時、ハルニアもユキも留守にしているようだった。


 彼女らは、何だかんだで仲がいい。

 また、二人で買い物にでも行っているのだろう。


「ただいまー」


「ただいま帰りましたー」


 部屋に戻り、買ってきた整備用のグリスやら何やらを仕舞っているうち、日が沈む前に二人は帰ってきた。


 階下から声と、気配がする。


「アル―?帰ってるんでしょ?ちょっと、下に降りてこれるー?」


 しばらくすると、ハルニアから声が掛かった。


 ……例の依頼についてか。


 おそらく、今日ギルドに持ち込まれていた依頼について、説明があるのだろう。


 そう当たりをつけて、アルは階下へと向かった。


 木製の階段をギシギシ言わせながら降りると、夕食の準備でもしているのか、右手にある食堂の方から気配がする。


「来たぞ」


 微妙に建付けの悪いドアを押し開けて、中に入る。

 案の定、キッチンに向かって夕食の準備を進めるハルニアの姿がそこにはあった。


 こちらに背を向けた彼女の手元に、食材がいくつか見える。

 数種類の野菜に、魔物肉。塩とスパイスが入った瓶。右手の魔導コンロ上では、既に鍋に火がかけられていた。

 部屋の中心にある古くなって変色した丸机の上には、買ってきたばかりと思われる牛乳とパンが置いてあるのも見えた。

 今日の夕食は、シチューかも知れない。


「あー、ちょっと、適当に座っといて」


「あぁ」


 丸机に向かう椅子の一つを適当に選び、腰掛けたところで、ハルニアがくるりと振り返った。濃藍の長髪が、ふわりと揺れる。


 そして、その顔に浮かんだひんやぁ~りと底冷えのするような笑顔を見たとき―…

 アルは察した。


 やばい。なんかこれ、ものすごく怒ってるやつだ…と。


「いやぁ、今日ね。久々にギルドに顔出してきたのよ」


 アルの向かいの席に腰を据え、彼女は冷気を纏ったニコニコ笑顔のままで言った。


「んで、この前の、ソキ=イストの話でね。あたしが何を言われたか、分かる?」


「…。分からん」


「そっかぁ、分かんないかぁ~。んじゃ教えたげるわ」


 そこで、ハルニアの怒りが爆発した。柳眉をくわっと釣り上げて、彼女は吠える。


「あんたね!まーた遺跡ぶっ壊して帰ってきたでしょっ!!」


 …そこから先は、ひたすらにお説教タイムであった。


 まぁ、無理もない。


 アルが探索中に貴重な遺跡を壊したり、その不愛想っぷりで依頼者とトラブルを引き起こしたりした場合、ギルドや依頼者から文句を言われるのは、仲介人である彼女の方なのだ。


 もちろん、ギルド職員も依頼人も、始めはアルに直接クレームを入れていた。


 しかし彼は、


「…そうか」

「…わかった」

「…善処する」


 こんな短い答えを返したと思えば、しばらくするとまた派手に遺跡を倒壊させたりする。(そのくせ賊や魔物の討伐など、依頼そのものはしっかり完遂してくるので質が悪い!)


 そんなことが続くので、皆、「こいつ言っても反省しねぇ!」となって、代わりにハルニアにクレームが入るようになってしまったのである。


「…いや、しかしだな。あの場合は仕方がなく」


「仕方がないで、未調査の遺跡の壁や扉を魔法でぶち抜くバカがどこにいるのよ!」


 …残念ながら、ここにいるのである。


「それにあんた、どっかの通路で炸裂系の魔法使ったでしょ」


「…あぁ」


「壁とか天井が崩れ落ちて、後から来た正規の調査隊が通れなくなったって、クレームが入ってるわよ」


「…」


 たぶん、討伐対象だった賊と戦った時だろう。


 あの時は大丈夫だったが、戦いの余波でどこかに歪みが入ってしまったのかもしれない。アルが去った後、崩落して最深部への道が埋まってしまったようだ。


 その紅眼をスッと反らして、アルは気まずそうに沈黙した。


「報酬も確認してきたけど、ガッツリ減額されてたわ」


「…。すまん」


 報酬減額と聞いて、アルの口からぼそりと謝罪の言葉が漏れる。


 そんな彼に、ハルニアは「はぁぁ~」と特大のため息を1つついて、


「ちょっとは反省してるの?」


「…あぁ」


「ホントに?」


「…そのつもりだ」


「ならいいけど…次の仕事の時は、気をつけなさいよね」


 やれやれ、と椅子から立ち上がり、ハルニアは言った。


「あんたがなんかやらかすと、あたしが文句言われるんだから」


「…善処しよう」


「頼むわよ、ホント」


 と、そこまで話したところで、アルはふと思い出した。


 そもそも自分は、今日ハルニアが仲介してくれた依頼の詳細を聞きに来ていたのだ、と。


「ハルニア。少し確認したいことがある」


「なに?」


「お前がギルドに持ち込んでいた依頼についてなんだが…」


「あー、そのこと?なら、丁度いいわね」


「む?」


 アルが首を傾げたその時、部屋の外からぱたぱたと足音が聞こえ、


「ハルニアー!見て見て!」


 同時に、まだ少し幼さの残る高い声が響いてきた。


 ユキだ。


 彼女は、建付けの悪い食堂の扉を「うんしょっと!」と体全体で押すようにして開けると、息を切らして部屋に飛び込んできた。


 それから、アルたちの目の前で両手をバッと広げて、


「じゃーんっ!こんな感じでどうかな?」


 そんな彼女の装いは、普段とずいぶん違っていた。


 まず目を引くのは、いつもはハーフアップに纏めているはちみつ色の髪。

 今は頭の高い位置で器用に纏め、その上からハンチング帽を目深に被って、外から見えにくいようにしている。

 

 白いフリル付きのブラウスに、首元に円寿色のリボンと、いつもの八面体のペンダント。下は赤と黒のチェック柄のスカート…と、これらは彼女お気に入りのいつものコーディネイトだ。

 しかし、今は白のブラウスの上に、新たに茶色い革製の袖なしジャケットを身に着けていた。

 複数のポケットを備えた、造りのしっかりとした冒険者向けの装備である。

 

 足元にも目をやれば、そこにはふくろはぎ辺りにまで丈のある革製ブーツ。

 背中には小ぶりなバックパック。

 どちらも、旅人や冒険者向けに販売されている丈夫で長持ちな代物だ。

 

 これは少なくとも、街中に買い物に出る時にするような、カジュアルなファッションではない。

 まるで、「これから冒険に行ってきます!」とでも言い出しそうな装いだ。


「おー、いいじゃん、いいじゃん。髪も隠せてるし、バッチリじゃない」


「えへへー、でしょ?」


「んー、でも目の方はどうしようもないか。いざとなったら、顔を伏せたりして見えないようにするしかないわね」


 イマイチ状況についていけていないアルを置き去りにして、ユキとハルニアはきゃいきゃいと楽しそうに話を弾ませている。


 その様をぽかーんと見つめることしかできない彼に、ユキが上機嫌に笑いかけて、


「ほら、アルさんも見てください。これ、今さっき買ってきたばかりの新品なんです。どうですか?似合ってますか?」


 アルの目の前で、くるりと回って見せるユキ。


 何やらいつもよりテンション高めの彼女に対し、アルは…


「…いや、よく分からんが」


 例によって、至極冷めた反応を返した。


 その反応が期待通りのものでなかったためか、ユキの頬が「むふぅ」と不満げに膨らむ。


 そんな彼女の様子を気にしたふうも無く、アルは眉をひそめて問う。


「それより、なぜそんな恰好をしている?」 


「え?それはだって―…」


 すると彼女は、こてりん、と可愛らしく小首を傾げて、


「アルさん、依頼を請けてくれたじゃないですか」


「…なんだと?」


 まず脳裏に浮かぶのは、なぜこいつがそれを知っている?、との疑問。


 続けて感じるのは、微妙な違和感。


 ―…依頼を、請けて…?


「…おい、ハルニア」


「なぁに?」


「今日持ち込んだセルナ=イスト探索の護衛依頼。依頼人は誰だ?」


 その違和感の正体に何となく感づき、とても嫌な予感を抱えたまま、アルは尋ねた。 


 その問いに、目の前の濃藍の髪の美人は、ちょっぴり意地悪な笑みを浮かべて答える。


「それなら、いま目の前にいるじゃない」


「………」


「んふふ~、だから言ったじゃないですか。私にも考えがありますって」


 口をへの字に結んで固まってしまったアルに、ユキはどこか得意げに笑い、薄い胸を反らせて宣った。


の依頼、請けてくれてありがとうございます!よろしくお願いしますね、アルさん」

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