第五話 冒険者ギルドにて
「止まり木亭」を出たアルは、いつも世話になっているガンスミスの元へ向かい、不足してきていた整備用のグリスを購入したり、自身の魔導銃の状態や今後のカスタマイズについて相談したりして、しばし時間を使った。
そのため、彼が冒険者ギルドに到着したのは、「止まり木亭」を出てからしばらく後…陽が頭上に昇りきり、真昼を知らせる鐘が街に鳴り響く頃であった。
……さて、実入りのよさそうな依頼があるといいが。
大きな木製のドアを押し開けて中に入れば、受付の職員が立つカウンター、賞金首や魔物討伐の依頼書が張り出される大きなコルクボード、待合用の机と椅子…いつものギルドの風景が目に入る。
昼前の今は他の冒険者の姿はほとんどなく、受付前に並ぶ者もいない。
冒険者の朝は早く、多くの者は既に手ごろなクエストを受注して出払った後なのだ。
とはいえ、そこまで慌てる必要はない。
お目当ての遺跡探索関係の依頼は、冒険者ランクB以上で、かつ相応の実力がなければ請けさせてもらえない。
冒険者のランクは、上から順番に、
S(黒)・A(金)・B(銀)・C(銅)・D(灰)・E(白)
…とあるが、そのうち最も数が多いのはC~Eの者たちで、ランクB以上はそう多くはない。
ましてや遺跡絡みの依頼を請けられるだけの実力を持った者となると、その中でも極わずか。この時間に来ても、依頼が残っていないようなことはないはずだ。
因みに、アルのランクはA、金色の認識票を貰っている。
「あら、アルさん。こんにちは」
受付近くまで足を運ぶと、カウンターに立つ女性職員がにこやかに声をかけてくる。
「依頼をお探しですか?」
ショートボブの茶髪と翡翠色の目を持つ彼女は、名をコレットと言った。
シワ一つない制服をピシッと着こなし、背ずしをきれいに伸ばして立つその姿から分かる通り、気さくで愛嬌がありながらも、しっかり仕事のできる頼れるお姉さんである。
「あぁ」
不愛想に頷いて、アルは端的に用件を伝えた。
「遺跡絡みの仕事はあるか」
「ふふっ。つい先ほど、アルさんに指名で依頼が入ったところですよ」
「…詳細を頼む」
運がいいことに、指名で依頼が入っているようだ。この手の依頼は報酬が高めに設定されていることが多い。期待大である。
「はい、少々お待ちください」
カウンター下から依頼書を一枚取り出し、内容の確認を始めるコレット。
「依頼内容は、セルナ=イスト遺跡探索に向かう非戦闘員の護衛です。報酬は5000G。依頼元は、いつもどおりハルニアさん経由ですね」
「…」
いつも不愛想で表情の乏しいアルの口角が、わずかに上がる。
セルナ=イストは、ここシルフェの街から半日ほど歩いた距離にある近場の遺跡だ。発見されてから既に十数年の年月が経っており、もう何度も調査が行われているため、探索の難易度が比較的低い場所である。
そのため、セルナ=イストがらみの依頼の達成報酬は、他の遺跡に比べて基本的に安くなる。今回のような護衛依頼なら、高くとも2000Gほどが妥当なラインだ。
この依頼者はその倍以上の額を出してくるというのだから、相当に太っ腹だ。そこそこ安全で楽に大金が稼げる、実にオイシイ仕事である。
依頼元も、ハルニア経由ならば信頼がおける。
アルが、人見知りで不愛想、人づきあいが苦手なコミュ障気質であることは、界隈では周知の事実だ。
なので、彼に仕事を依頼したい時には、相方のハルニアにコンタクトを取って報酬額等の事前交渉を済ませた上で、彼女経由で冒険者ギルドに依頼を出すことが通例となっていた。
ハルニアから事前に何の話もなかったことは気になるが…こちらが家を出た後に急遽入った依頼かも知れないし、この報酬額と依頼内容なら、アルが文句を言うことも無いと考えたのかもしれない。
……依頼人に関しては、帰ってからハルニアに詳しく聞くとしよう。
「…請けよう」
「はい、承知しました。では、こちらにサインをお願いします」
コレットからペンを受け取り、カウンター上にあるクエストの内容が記載された紙―依頼書の右下に、自身の名前をさらさらと書き加える。
それを確認したのち、コレットが依頼書に受注済みを示す判をぽんと押して、クエストの受け付けは完了となった。
「はい、受付完了です。今回も、頑張ってくださいね」
「あぁ」
「あ、それとアルさん。ギルドから注意事項があります」
「…なんだ」
「えと、内密にお願いしたいことなのですが」
と、コレットは周囲をちらちらと警戒するようにして見た後、声をひそめて、
「これは、一部の冒険者さん以外には公開していない情報です。実は、ここ二週間ぐらいの間で、遺跡探索に出た冒険者さんから”生きて動いている
「…」
「確か、アルさんも先日、探索中に遭遇したとか」
「あぁ…」
数週間前のソキ=イストでの経験を思い出し、苦い顔をするアル。
あれは大変だった。死にかけたし、ソキ=イストは発見されたばかりの未踏破遺跡だったにも関わらず、派手に壊してしまったし…。
そんな彼に対し、コレットは続けて、
「どうやら、他の遺跡でも同じように、古代兵器が動き始めているみたいなんです。もしかしたら、セルナ=イスト遺跡も同じような状況にあるかも知れません」
「…分かった。いざとなれば破壊する」
一応、古代兵器も貴重な遺物の1つのはずなのだが…それをあっさり”破壊する”と言い切ったアルを、コレットは苦い表情で見た。
何かひとこと言うべきか、否かと迷っている様子の彼女に、アルは容赦なく背を向け、無言で歩き出す。
「あーっ!ちょ、ちょっと待ってください。まだ注意事項が」
だが背後からコレットに声をかけられて、アルは立ち止まり、振り返った。
「…まだ、何かあるのか」
「えっと、その…」
高ランク冒険者である彼にじろりと睨むような視線を向けられて、コレットは少しの間その翡翠の瞳を泳がせた後、
「最近、このあたりで冒険者狩りが出るみたいで…未帰還の冒険者が増えているんです」
「…また、件のマンハンター騒ぎか」
マンハンターとは、以前から冒険者界隈で噂されている、ある冒険者狩りの異名である。
名前も性別も、もちろん容貌も不明。実在するかどうかすら危うい、半ば都市伝説と化した存在だ。
ただ、未帰還のまま行方不明になる冒険者がまとまって出る度に、まことしやかにその存在が囁かれ…気づけばギルドが手配書を出すまでになっていた。
人相書きもなく、報奨金額も討伐で五万G、生け捕りで十万Gと前代未聞の額が書かれた、冒険者たちに”ギルドからの粋な冗談”と
「いえ、それはまだ分かりませんが…とにかく、アルさんも気を付けてください」
ギルド職員にとって、見送った冒険者が二度と帰ってこないことは、よくある事とはいえ辛いものなのだと…誰かが言っていた気がする。
…もちろん、借金を完済し妹を見つけ出すまでは、そうなるつもりなど彼には微塵もないのだが。
「分かった」
アルは短く返事をすると、今度こそ冒険者ギルドを後にした。
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