第四話 ユキとワガママ

 さて、こうして日々を過ごし、ユキが日常会話にもほとんど困らないほどに言葉を憶えてきたころ。

 

 ユキには、ちょっとした変化が生じていた。

 

 年頃の娘らしく髪型にも気を遣うようになり、長い髪を毎朝、器用な編み込みの入ったハーフアップに結い上げて起きてくるようになった。

 言葉遣いや話し方からもたどたどしさや幼さが抜けて、13~14歳ぐらいの外観に見合った話し方をするようになってきたようだ。

 

 見た目は全く変わらないのに、中身だけが成長したように思える。見ていて不思議である。

 

 だがその変化の中には、アルにとって困ったものも含まれていて…。


――――――――――――――――――――


「アルさん、お願いがあります」

 

 ある朝のこと。

 

 三人で朝食を終えたアルが席を立とうとした時、背後から声がかかった。


「…なんだ」


 振り返ったアルの前には、ハーフアップに纏めた金糸のような長髪と、碧い目を持つ少女の姿。


 椅子に座ったまま真剣な面持ちでこちらを見上げる彼女を見ただけで、アルはこの次に出てくるであろうセリフを大体予想できた。


「私を、遺跡探索に連れていってください!」


 案の定、これである。


「…ダメに決まっているだろう」


 当然、すげなく断る。


 最近のユキはいつもこれだ。何がそうさせるのか、事あるごとに「遺跡探索に連れていってほしい」とねだってくる。


 机を挟んで座るハルニアにちらりと目線を送ると、彼女もまた困ったような表情でこちらを見ていた。


「でも私、役に立ちますよ?」


 いつもなら不満げながらもここで引き下がるユキだが、今日はそうではなかった。


「古代語も読めるし、聞き取りだってできます」


「…ダメだ」


「むふぅ…なんでですか?」


 不満げに頬を膨らませるユキに対し、改めてはっきりと伝える。


「何度も言うが、遺跡探索は遠足じゃない。賊も出れば魔物も出る。そんな危険な場所に、おいそれと連れていけるわけがないだろう」


 なにせ彼女には、一億G以上もの価値があるのだ。

 そんなところに連れて行って、回復魔導士ヒーラーの手を借りても痕が残るような怪我をされたら、せっかくの価値が台無しである。


 それに、街を出てハルニアから距離が離れれば、彼女の髪と目は真っ黒に戻ってしまう。別の冒険者や旅人と出くわしたりしたら、どう考えても面倒だ。


「それは…でも、アルさんが守ってくれれば」


「ユキちゃん、あんまり無茶言わないで」


 なおも食い下がろうとするユキだったが、ハルニアにそう言われて押し黙る。


 その顔は明らかに未練たらたらのむくれ面であり、アルもハルニアも顔を見合わせてため息をついた。


 普段はもっと聞き分けの良い性格のはずなのだが、この件に関してだけはどうしてこうも我儘わがままになるのか。


「…ねぇユキちゃん、何でそんなに遺跡探索にこだわるの?」


 お互い気になっていたことを、ふとハルニアが尋ねた。


「それは…」


 ユキは一瞬口ごもった後、


「役に立ちたいから。私、二人にお世話になりっぱなしだし」


「そんなことないでしょ?」


 どこか申し訳なさそうに言うユキの言葉を、ハルニアがかぶりを振って否定する。


「古文書の解読、よくやってくれてるじゃない」


 そう、ユキは最近、古文書の解読の仕事をしてくれているのだ。


 彼女は古代語が読め、さらに現代の言葉の読み書きもできるのである。


 まぁ古代人なのだから古代語が読めるのは当然かもしれないが、現代の言葉の読み書きまでできるのは大きかった。


――――――――――――――――――――


 始まりは、とある学術機関からハルニアのもとに届けられたある依頼。

 

 それは、「全然解読が進まない古文書があるから、できそうな人材を探してくれ」との唐突な依頼だった。

 

 曰く、「古文書の解読は今や帝国にとって必須の事業。古代文明の英知を解き明かし我らがものとするためには、その内容がいかなるものであれ手を抜くわけにはいかない」と。

 

 確かにハルニアが持つ人脈は広く、そうした人材斡旋の仕事も片手間でしてはいるのだが、古文書が読める人材などそうそういるものではない。

 第一、話によれば既に高名な学者が何人も挑戦して投げ出した超難解な内容らしいのである。

 

 そんなものを読める人材いるかなぁ?と心底困っていた時、一緒に送られてきたその古文書、机の上にぽんっと置いてあったそれの表題をなにげなく見たユキが一言。


『悪役令嬢に転生した俺が最弱スキルで無双した件…?』


「へ?」


 机に両肘をついて頭を抱え、ウンウン唸っていたハルニアであったが、もしやと思い尋ねた。


「ユキちゃん、もしかして…この古文書の内容、読めるの?」


「えっと…」


 ユキはその古文書を手に取り、ボロボロになったページを慎重にいくらかめくると、


「うん。これ、たぶん娯楽小説かな?」


「…」


 読める人材、発見。


 ユキ曰く、それはゴリゴリの娯楽小説であり、当時の人間にしか分からないような謎スラングが大量に使われていたとか。

 

 そりゃあ、頭の硬い学者先生では読み解けなかったわけである。

 

 とりあえずはユキに解読をお願いし、内容を少しずつ纏めて依頼主である学者先生方に送り返してみたのだが、これが以外にもウケた。

 曰く、「続きが気になるから早く読ませろ!金は払うから!」である。

 

 その後は同じような古文書が続けて送られてくるようになり、報酬をユキと折半するようにしているうちに、いつの間にかユキは自力でそれなりに稼げるようになっていたのである。


――――――――――――――――――――


 だから役に立っていないなどと、そんなことは全くないのだが…。


「…」


 そこはかとなく不満そうなユキに、ハルニアは重ねて尋ねた。


「他にも、何か理由があるの?」


 ユキはしばし迷ったのち、こくりと頷く。


 それからいつも胸にぶら下げている八面体のペンダントを両手できゅっと握りしめながら、


「上手く言えないんだけど…どうしても、行かなきゃいけない気がして」


 そう、俯いて答えた。


 その表情は深刻そのものであり、まるで何か重大な使命に突き動かされているような、どこか悲愴ひそう感すらただよわせる雰囲気を纏っていた。


 アルとハルニアは再び顔を見合わせる。はてさてどうしたものか、と。


 肩を小さくすくめ、苦笑するハルニア。


 その目の意味するところは、


―まぁいいんじゃない?あとはあんたに任せるわ。


 …である。


 考えてみれば、アルにもハルニアにも、ユキの行動を縛る権利は全くない。ユキが何をしようと、それがよっぽど道義にもとる行為でなければ彼女の自由なのである。


 そして街の外、こと遺跡の探索ともなればアルの管轄かんかつだ。


 ハルニアに対応を丸投げされたアルは、小さなため息をつくと言った。


「ダメだ」


「えぇーっ!?」


 ガタッと音を立てて、椅子から立ち上がるユキ。


「そんな!今の、完全に連れっててくれる流れでしたよね!?」


「…知ったことか」


 むふぅ!と憤慨ふんがいするユキに背を向けて、アルは部屋の出口へと向かう。


「話は終わりだ。俺は、ギルドへ仕事クエストを探しに行く」


「もう、アルさん!そっちがその気なら、私にだって考えがありますからね!」


「…勝手にしろ」


「むふぅうう!その言葉、覚えていてくださいっ!」


 取り付く島もない、と言った様子のアル。その背後では、ユキがぷんすこと怒っていた。


 ……考えがある、か。まぁ、大したことはできまい。


 その時のアルは、ユキの行動力を完全にナメていた。


 そのフラグは割とすぐに回収され、後に、彼は酷く後悔することになるのだった…。

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