第三話 ユキと言語習得

 そんなこんなで、魔法についてはからっきしダメなユキだったが、言葉の憶えは異様に早かった。

 

 周囲の会話を聞いているだけなのに、どんどん言葉を覚え、流暢に話せるようになっていく。

 

 だがどうやら、ユキが話せるのは彼女自身が聞いたことがある言葉だけらしい。

 当然だ、普通の子どもだって、周囲の大人たちが話している内容を聞いて言葉を憶えるのだから。


 そこで、ユキにより早く言葉を憶えてもらうため、そしてそもそもいつまでも部屋に閉じ込めておくのも心身の健康に悪いだろうということで、一緒に外出することにした。

 まずは、ハルニアと一緒に夕飯の買い物だ。

 

 と、ここで問題になるのが彼女の眼と髪の色。世にも珍しい黒い眼と髪は当然周囲の目を引く。

 見られても「あぁ髪?染めてます」とかで多少言い訳が効く可能性はあるとはいえ、やはり目立たないに越したことはない。

 

 だがこちらには、優秀な幻惑術師がいる。ここは、ハルニアの出番だ。


「さてユキちゃん、今からあなたの眼と髪にちょっぴりイタズラを仕掛けます」


 ある日の昼過ぎ、ハルニアはユキの前に立ち、そんなことを言った。

 

 対するユキは、小首をかしげて尋ねる。


「いたずら?ハルニア、何スル?」


「うんとね、いい?ユキちゃん。あなたの眼と髪はとってもキレイだけど、人前に出るには少し目立ちすぎるの。だからちょーっとだけ魔法をかけて、目立たないようにします」


「魔法!?たのしみ!」


 ユキは魔法について興味があるようで、この時も嬉しそうにはしゃいでいた。


 ハルニアはにこりと微笑むと、


「それじゃ、少し目を閉じていて」


「ン!」


 言われるままに目を閉じたユキの頭を、ハルニアの右手がそっと撫でる。


 とたんに少女の頭部全体の輪郭がぐにゃりと歪み、陽炎のような状態となる。だがそれは、瞬きをする程度のわずかな時間の話。


 次の瞬間には歪みは消え、そこにはもう黒い眼と長髪の少女の姿はなかった。


 代わりに立っていたのは、澄んだ空色の瞳と、はちみつのような金色のロングヘアを持つ少女。


「はい、終わり。そこの鏡を覗いてみて?きっと驚くわよ」


「?」


 イタズラっぽい笑みを浮かべるハルニアと、きょとんとした表情で言に従うユキ。


 部屋の姿見鏡の前に立って自身の姿を確認したとき、ユキが仰天したのは言うまでもない。


「!?!?、スゴイ!」


 自身の髪を触ってみたり、鏡に顔を近づけてみたり、その場でくるりと周ってみたり。

 大層なはしゃぎ様である。


 因みに、彼女が元々着ていたよくわからない素材の生地が薄いガウンだが、あれは当然目立つので早々に着替えてもらった。


 今の彼女の服装は、白いフリル付きブラウスに赤ベースのチェック柄プリッツスカート、襟元には可愛らしいエンジュ色のリボンが揺れている。


 色々着てみてもらったが、どうやらこの組み合わせが一番お気に入りのようだ。


「ふふっ、すごいでしょう?」


 大喜びのユキに、ハルニアもまた嬉しそうに声をかける。


「でもそれは、本当に色が変わっているわけじゃないの。本質的には、あなたの眼も髪も黒いまま」


「?」


「んっとね。あたしの術は、単に周囲からの認識をずらして―…じゃ分かりずらいか。えっと、”みんなからユキちゃんがそう見えるようにごまかしているだけ”だからね」


「ヘェ~!」


「だから、あたしから離れすぎると術が切れて元に戻っちゃう。この街の中なら大丈夫だけど、街の外に出るとさすがにダメね。危ないから、勝手に街の外には出ちゃダメよ?」


「はーい!」


 こうして外に出られるようになってからは、ユキの言葉の習得はさらに早くなった。


 …どこで聞いてきたのか、時々「ザッケンナコラー!」とか「〇ン〇ンついてんのかコノヤロー!」とか、酷く汚い言葉を憶えてくることがあるので、都度矯正は必要であったが…。


――


 そういえば、遺跡で出会った時から彼女が首から下げているペンダントだが、ユキはそれを常に身に着けていないと気が済まず、肌身から離すことを極端に嫌がった。

 

 どうやら、彼女にとって、よほど大切なものらしい。

 

 食事や睡眠はもちろん、用足しや風呂の時ですら外そうとしない。

 せめて入浴時ぐらいはとハルニアが預かろうとしたところ、普段の彼女からは想像できない勢いで暴れて嫌がった。

 

 無理に奪い取るのもかわいそうだということでその後は様子を見ているが、時折チカチカと意味ありげに光るその存在が、アルはどことなしに気にかかるのであった。

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