第二話 ユキと魔法
帝国技研の襲来から、2週間と少し。
その間、アルは遠出が必要な遺跡探索の依頼は受けず、基本的に身体を休めて日々を過ごした。
理由としては、ユキの様子が気になったというのもあるが、ある程度休息を取る必要があったことも大きい。
今回のような未踏遺跡の探索は消耗が激しく、終わった後はしっかりと身体を休めてコンディションを整えることが大事なのだ。
一瞬の判断ミスが命取りとなる遺跡探索に、疲労や不調を抱えた状態で赴くなど、手の込んだ自殺と相違ない。
とはいえ、ここ数日は街周辺における魔物の出現率が妙に高く、時折ギルドから名指しで駆除依頼が舞い込んで、その対応に出ることはままあったのだが……それでも、それなりにゆっくりした時間を過ごすことができた。
――――――――――――――――――――
さて、そんなこんなで、何日かをユキと一緒に過ごしたワケだが……その中で、彼女について分かったことがいくつかあった。
まずユキは、魔法が全く使えなかった。
この世の生き物の全ては、体内にコアと呼ばれる器官を備えており、コアを介して空気中の魔素を吸収、自身の魔力として変換し己の力としている。
魔法とは、その魔力を放出して周辺の物的、あるいは精神的事象に干渉し、変化を起こす術を言うのだ。
コアを持つ生き物はすべて、大なり小なり魔法を使う。
もちろん、個体差・個人差はある。
例えば、コアが蓄えられる魔力の量――……つまり最大魔力保持量には、個々人によってかなり差がある。
これらは生まれつき決まっており、後天的に努力しても変えることはできない。
一部伝説級の魔物は他者のコアを食らうことで自身のコアを成長させることができると聞くが、基本的には最大魔力500の者は一生500だし、5000の者は一生5000だ。
魔力操作能力も、才能による個人差が大きい。
だがこちらは努力で何とかなるので、魔法がうまく使えるようになりたい者は日々努力を重ねている。
しかし種族や個々の才能によって差はあれども、魔物はもちろん、人も、何ならそこらの木々も、ちょっとした魔法を使って日々を生きている。
だがユキは、全く魔法が使えない。
才能がないとか、下手くそだとかそういうレベルではなく、魔力そのものを発することができないようなのだ。
――――――――――――――――――――
「ユキちゃん、これ、ちょっと使ってみて」
「ン」
ある日のこと、アルとハルニアは試しに、ユキに魔導ランプを手渡してみたことがあった。
これは人々の間で日常的に使われている雑貨であり、微量な魔力を流すだけで灯りが灯る便利グッズである。
手にぶら下げているだけで光源が確保できるので、夜道などでは重宝する魔道具だ。
「こんな感じで、ちょっと魔力を流すだけでいいからね」
ハルニアがランプに触れると、ガラスケースの中にぶら下がる丸い水晶体がぼんやりとオレンジ色の光を放った。
「オー……」
ハルニアが手を放した後も、しばしランプは暖かい光を放っていた。
ユキは光るランプを手に、黒真珠の瞳を瞬かせて興味津々に見つめていたが、その光はすぐに消えてしまう。
「消えチャッタ……」
「……今度は、お前が灯せばいい」
「ン!」
アルに促されて、ユキは元気よく頷くと、両手でランプをそっと握って目を閉じた。
……が、何の変化もない。
どれだけ最大魔力値が低い人でも、魔力の扱いが下手な人でも扱えるよう、優しさあふれる設計になっているはずの魔導ランプが……全く反応しない。
「あれ?」
「……」
「ンー?」
ハルニア、アル、そしてユキが揃って首を傾げる。
「ンー?……つかない!」
だがやがて業を煮やしたユキが、両手で思いっきりランプを握りしめ始めて…
「ふぬぬぬぬぬぬぬ!」
「……あの、ユキちゃん?これ、別に強く握ればいいってものじゃ……」
「グヌヌヌヌヌヌヌヌ!」
――ミシミシミシミシ……
ごく普通の日用品である魔導ランプは、別段頑丈な魔道具ではない。
ユキぐらいの年齢の少女でも、遠慮なしに力を加えればフツーに壊れる。
「……おい、壊れるぞ」
「ちょ、ユキちゃん! ストップ、ストーップ!」
結局、アルとハルニアは魔導ランプを取り上げ、ユキにむくれ面を向けられることとなった。
後に、冒険者ギルド等でも使う魔力測定用の水晶を触らせてみたが、やはり全く反応はなかった。
驚きの、最大魔力値ゼロである。
数万人に1人の割合で発症するような極珍しい心因性の難病に、同じような状態になるものがあったような気もするが……その難病患者でも、少しは魔力を放出できるのではないだろうか。
確かに、「古代人は魔法が使えない」とは伝承にあるが……生物である以上、体のどこかにコアは持っているはずだ。
もしかしたら、未発達で魔力が放出できないのかも知れない。
だが現代の社会は、魔力を放出し魔法を使えることを前提に整備されている。
ランプ、コンロ等、日用品の多くに魔力が必要だし、
魔法が使えなければ、ものすごく生きづらい世の中なのだ。
自分やハルニアが近くにいて、フォローしてあげられる環境ならともかく、彼女が1人で生きていくのは難しいだろう。
アルはそう思った。
※魔力型
いわゆる『血液型』のようなもの。
人が持つ魔力の波長にはいくつかのパターンがあり、それを「魔力型」と呼んでいる。魔力型が違うと、
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