第二十四話 戦いの後で…

「はぁぁ~、まったく。朝掃き掃除したばっかりだってのに~」


 アルと帝国技研との戦い―…否、一方的な殺戮が終わったのち。


 呑気にそんなことを言いながら、ハルニアが家の中から歩み出てきた。


 その手には、今朝も掃除に使っていた箒と塵取りとが握られている。


「こんなに塵だらけにしちゃってもぅ…まーた掃除しなおしじゃない」


「…七人分の死体がそのまま転がっているよりはマシだろう」


「ふふっ、まーね♪」


 物騒極まりない内容を事も無げに話す、アルとハルニア。


 そんな中、家から出てきたハルニアの後を、ユキが周囲をきょろきょろ見廻しながらついてくる。


 帝国技研の面々にはハルニアとユキの二人がほとんど動かずに庭に立っていたように見えていただろうが、実は二人とも、戦いが始まる少し前から「止まり木亭」の中へと退避していたのだ。


 …幻惑魔法、恐るべしである。


「お、ユキちゃんも掃除、手伝ってくれる?」


 背後のユキに向けて振り返り、ハルニアが笑顔で箒と塵取りを差し出した。


 白塵化しているとはいえ、見た目13~14歳の少女に七人分の死体の処理を笑顔で勧めるという、中々サイコパスな絵面である。


「ソウジ?」


「そそ、こうやって箒で塵を掃いて集めて、こっちの塵取りに入れてってほしいの」


「ン」


「集まった塵は、後で木箱持ってくるから、そっちに入れてね」


「リカイ」


 こうして、面々による庭掃除が始まった。


 アルの手によって兵士たちが次々と白い塵に変えられていく様は、ユキも家の中から見ていたはずだ。


 当然、地面に散らばるそれらが元人間であることは知っているはずだが、白塵を掃いて集めていく彼女の動きには、特に忌避感のようなものは見受けられない。


 相変わらずアル相手にはびくびくしているが、人を何人も殺す姿を見せた後でも、その態度が大きく変わった様子はない。


 ……思ったより、肝が据わっているな。


 ……いや、それとも、こうしたこと―…たくさんの人間が目の前で死ぬことに、元々慣れている…か?


 長い黒髪を揺らしながら掃除を進めるユキを横目に、アルはさっさと地面に散らばった装備品を集め、木箱に詰めていく。


 ゲフィスは認識阻害の魔法を周辺にかけたようなことを言っていたが、その術者である精神魔導士メンタリストが消えた以上、それももう無効だろう。


 近所の人間がうっかり通りかかったりする前に、大量に散らばった塵と装備品を片づけ、ユキを家に戻さなくてはならない。


 …でないと最悪、この場に白い塵の山が増えることになる。


「銃、剣は問題ない。手入れもよくされているし、十分金になるだろう。制服はどうだ?」


「だめね。誰かさんがぶっ刺したせいで大穴空いちゃってるし、元がレアモノ過ぎて裏ルートでも足が付いちゃうわ。勿体ない気はするけど、焼却処分が妥当ね」


「そうか。…ユキ、その塵は一部の薬師や錬金術師に高値で売れる。もっと丁寧に集めろ」


「っ…ン、リカイ」


 一瞬だけピクリと肩を震わせた後、ユキは真面目な顔でせっせと塵を集め始める。


 その姿を見ながら、ハルニアが小声でアルに声をかけた。


(で、あの子、これからどうするの?)


(…)


 アルはしばし手を止めて考えた後、


(…。お前は、どうしたい)


(えっ!?…お金がらみのことであんたがあたしの意見を聞こうとするなんて、驚きね) 


 アメジストの瞳を見開き、固まったハルニアに、アルが重ねて問う。


(…ダメか)


(あ、ううん。ダメじゃないんだけど…そうね。あたしは―…)


 ハルニアは瞳を伏せて、濃藍の長髪の先端を指でくるくると弄りながら数秒沈黙したのち…やがて、上げた瞳をアルに向けて言った。


(あたしは、さ。あの子を、受け入れてあげたいと思ってる。どうせ、部屋なんてたくさん余ってるし)


(…)


(その、大変なのは分かってるわよ?でも、あんな歳で行く先がなくて、世の中に受け入れてもらえなくて辛い思いをするのは…でいいかなって)


 甘いこと言うなって、怒られるかな?と付け加え、苦笑するハルニア。


 アルはそれには何も答えず、再び黙して考えを巡らす。


 正直、一億Gという大金を諦めきれない自分がいる。


 だが同時に、あの日妹を買っていった連中と同じ、人を売り買いする人種に堕ちたくないとも思う。


 だからこそ、彼はずっと、ユキと正面から関わることを避け、彼女を”モノ”だと思い込もうとしていたのだ。


 実際、帝国相手に彼女を売り渡す場合、法的には彼女は人として扱われないのだし。


 それでいいと思っていた。


 だが、言葉を憶え必死に話そうとする姿や、少し硬いがあどけない笑顔。


 自身に向けられた歪んだ欲望に怯え、こちらに助けを求める表情…。


 そして今、真面目に掃除に取り組む横顔。


 それらを見ているうち、とてもではないが、彼女を売り買いしても平気な”モノ”だとはもう思えなくなっていた。


 彼は、戦闘に関しては徹底的に無慈悲だ。一度スイッチが入れば、相手が魔物であれ人間であれ、そこに差はなくなる。ただ等しく、排除すべき対象―…”モノ”となる。


 だが、彼は商売に関してはそうではなかった。否、仮に生粋の商売人であっても、そこには一定の情があるべきだろうが…。


 少なくとも、彼には1人の少女を、大金の為だけに無感情に売り渡せるほど…無慈悲にはなれなかったのだ。


 ふと、当のユキと目が合う。


 彼女は一瞬戸惑い、黒真珠の瞳を泳がせたのち、上目遣いにアルを見た。

 

 左手で箒を、右手で胸の八面体のペンダントをキュッと握りしめる。


 わずか一瞬だが、ペンダントが瞬いた気がした。


「!」


 瞬間。


 アルの目には、そこに立つユキの姿が、かつての妹の存在とダブって見えた。どういうわけかは、分からない。


 それは、瞬き1つする間だけの、ほんの一刹那ではあったが…。


 そこには確かに、自身に助けを求める妹の姿があったように思えた。


「…レイシア」


「え?」


 思わずそう呟いてしまい、こちらの答えを待っていたであろうハルニアが、ぽかんとして首をかしげる。


「…」


 アルはわずかに俯いたのち、ハルニアに目をやり、言った。


「…そうだな。俺も、お前と同意見だ」


「ホント!?」


「…別に、金に変えることを諦めたわけじゃない。だが、仮に売ろうとしたところで、また今回のようなことにならんとも限らんからな。まともに交渉できそうな相手が見つかるまでは、傷がつかんように守ってやろうと思っただけだ」


「ふぅ~ん」


 ハルニアが、何やら生暖かい目でこちらを見てくる。


「…何だ」


「べっつに~?素直じゃないなって思っただけ」


「…どういう意味だ」


「ふふっ、どういう意味でしょうね~?」


 ムッと口を尖らせたアルをからかう様にそう言って、ハルニアがコロコロと笑った。


 ユキもまた、そんな二人を見て楽しげに微笑む。


 ……そう、金のためだ。


 そんな中、アルは内心で独り言つ。


 ……誰にも、傷つけさせはしない。こいつが、一億Gに変わるその日まで。



ルインズエクスプローラー ―冒険者アルと遺跡の少女―

第一章 一億Gの少女 【完】

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