第二十三話 迎撃!!帝国技研 ④

精神魔導士メンタリスト!アナタ、何という失態を!」


「も、申し訳ありません!しかし、でも、こんな…!」


「あぁぁああ!やめろぉおッ!」


 残された銃兵に向け、紅髪紅瞳の青年が疾駆しっくする。

 銃兵が手にした魔導銃から魔力の礫がバラ撒かれるが、焦っているためか狙いが甘く、標的にかすりもしない。


「こ、降参だ!死にたくないんだッ!俺には、結婚したばかりの妻と来月生まれる子どもが、やめ―…ギァッ」


「五つ」


 魔導銃を投げ捨て後ずさり、背を向けて逃げようとした銃兵にも、その男は容赦しなかった。

 他の者たちと同様に、一切の分け隔てなく、背後からコアを刺し貫いてその命を奪い去る。


精神魔導士メンタリストォォ!この状況、アナタが不甲斐ないせいデスよ!どう責任をとるつもりデスか!?」


「申し訳…」


「ワタシはこの場から撤退しマス!アナタはワタシの盾となり、時間を稼ぎなさい!それが責任のとり方と言うものデス!」


「ゲ、ゲフィス技術少尉!それは…ハッッ!?」


 ゲフィスがギャーギャー叫ぶ中、精神魔導士メンタリストの目の前を一匹の蝶がふわふわと飛んでいく。


 その極彩色に透き通った羽は、この世のものとは思えぬほどに美しく…一目見ただけで、「この蝶は幻だ」と気づくほどであった。


「幻の…蝶…?」


 その蝶の羽の向こう側、古代人オルトニアの少女の傍らに立つ、濃藍の髪の美女。その口元に浮かぶ、妖しげな笑みが妙に目に留まって……


「藍色の髪、幻惑魔法…ま、まさか、こいつ…こいつが【幻影胡蝶】、ハルニ―…アガッ」


「六つ」


 恐怖と驚愕に目を見開いた表情のまま、精神魔導士メンタリストの男もまた、他の仲間と同じように白塵となって消えていった。


「ヌヒィィイイッ!こんな、こんなことがぁ!」


 もはや恥も外聞もなく、ゲフィスは狂ったように叫びながらその場から走り去ろうとした。


 しかしすぐに、バランスを崩してその場に転倒する。


 同時に、右のふくろはぎ辺りに焼けるような痛みを感じて見れば、黒い軍制服の上からざっくりと切り裂かれた自身の足が見えて、


「ヌヒョォオォ!?!?足、足足足足足、ワタシのアシィィ!」


「これで七つ…最後か」


 地面に倒れ無様にのたうち回るゲフィスのすぐ目の前には、彼の足を斬りつけたであろう冒険者の男が、静かに立っていた。


 手入れのあまり行き届いていないザンバラ髪と、自身を見下ろす無感情な瞳…血に染まったように真っ赤なそれらが、ゲフィスには酷く恐ろしいものに見えた。


「ヌヒ、ヌヒ、ヌヒィイ…おのれ、おのれッ!軍属であるワタシたちに、このような狼藉…タダで済むとは思わぬことデス!」


 それでも、彼は己の自尊心を守るべく、必死で虚勢を張って冒険者の男を睨みつける。


「今さら後悔しても遅いのデスよ!?アナタは我々、帝国軍人に刃を向けたのデス。それは帝国軍すべてを敵にまわすも同じこと。アナタにはすぐに討伐部隊が差し向けられ…」


「…いや、それはない」


「ヌヒョ?」


 思わずぽかんとするゲフィスに向け、血濡れの髪と眼を持つ男は淡々と言い放った。


「さっきお前自身が言っていただろう、、と」


「ヌヒッ!?」


「…裏を返せば、ここでお前たちが全滅しても、死体さえ残らなければ誰にも気づかれないわけだ」


「ヌヒィイッ!?アナタ、それでコアを…!」


 その時、ゲフィスは心の底から震えあがった。


 自身を見下ろす、その男の眼が恐ろしかった。

 そこには、怒りも憎しみも、殺意すらも宿っていない。


 ただ単に、必要だからるだけ。こちらを人としてではなく、「処理すべき対象」としてしか見ていない。


 人を殺すという行為を、単なる作業として行っている。


 その無感情さが、ゲフィスを恐怖させた。


「ヌヒッ、ヌヒョッ、ヌヒョヒィイィイイッ!!」


 魔獣のような叫び声を上げ、無我夢中で腰に手をやるゲフィス。


 そこにあったホルスターから魔導拳銃を引っ張り出し、目の前の男に向けたところで、


「余計なことをするな」


―ザシュゥ…


 数本の指ごと魔導拳銃を斬り飛ばされ、悲鳴を上げる前に聞こえた面倒くさそうな一言。


 それが、ゲフィスが今生で耳にした最後の言葉となった。


「コア破壊以外で死なれると、死体が残るだろうが」

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